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どうにもならない

下を向いて踏切を渡ろうとすると、光の反射でレールがキラキラ輝いていた
目を閉じてノイズキャンセリング機能を使えば、多分震動以外何も感じない
悪くないなと思った
死に時というものがあるなら、きっとこういう気持ちになった時なのだろう

別に嫌なことがあったわけではない
むしろラーメン屋に向かう途中で気分はそこそこ上昇していた
ただ光が目に入った瞬間、ぎゅ~っとそこに吸い込まれるような感覚になり
あぁそうだったと思い出す、“どうにもならない”、日常の裂け目に潜む端的な現実

“どうにもならない”といっても、将来への悲観とか、成功の見込みがないとか
自分がいいように変われないとか、人生がいい方に進まないとか
無意味な日常が延々と続くとか、退屈だとかいったことではない
そんなことは“どうにもならない”の前ではどうでもいいことだ

事態は深刻だ、だって“どうにもならない”んだから
既に手遅れ、取り返しがつかない、本当に“どうにもならない”
この世界も、ヒトの生も、“どうにもならない”とみんな本当は知っている
それでも“どうにもならない”をそれゆえの行き過ぎた笑顔でやり過ごしていく

月旅行にワイワイ騒ぐヒト、要人の発言にパチパチ拍手を送るヒト
搾取だ団結だと扇動するヒト、音と一緒に意識が遠ざかり白くなっていく世界
愛や恋だのに奔走するヒト、幸せを追い求めるヒト
差別だ不平等だと怒るヒト、明日も明後日も来年もみることになる前のめりの世界
別に何もかもが下らないことだとか、やっても仕方のないことだとか
一生懸命に頑張っている奴はバカだとか
そういうことではなくて、ただただ“どうにもならない”だけなんだ

ヒトという種の牢獄
自分という個の牢獄
“どうにもならない”の中を生きるだけの生
周到に用意された牢獄
思考も知能も思想も態度も認識も生き方も感情も
何がどうなろうと、何をどうしようと、“どうにもならない”

“どうにもならない”をアテもなく拒絶し
呆けたようなヘラヘラ顔しかできなくなったヒト
“どうにもならない”を遠ざけようとするあまり錯乱し
人間にうまれてよかった!とか弛緩しきった顔の穴から垂れ流すようになったヒト
“どうにもならない”をどうにもできないまま再生産してしまうヒト
“どうにもならない”のに?から?また真っ白な罰を求めた“あなた”
“どうにもならない”のに?から?また先延ばして息をした“わたし”

ほら、やっぱりどうにもならないし、どうにもならなかった


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よろこび

「あなたは将来どんな仕事がしたいですか?」

「仕事はしたくありません」

「そうですか、ではどういうふうに生きていきたいですか?」

「好きな時に寝て好きな時に起きて適当にゲームをしたりマンガを読んだりして生きていきたいです」

「なるほど、つまりゲームに携わる仕事がしたいのですね」

「いいえ、仕事はしたくありません」

「なるほど、つまりマンガに携わる仕事がしたいのですね」

「いいえ、仕事はしたくありません」

「しかし仕事は人間の喜びの源泉ですよ」

「いいえ、仕事は誰かの必要を満たすことです」

「仕事をして喜ぶことは間違っていると言うのですか」

「いいえ、誰かの必要を満たした結果喜びを感じるのは当然だと思います」

「ではあなたはどんな仕事がしたいですか」

「いいえ、仕事はしたくありません。誰かの必要があって私がそれを満たす必要があるなら仕事をしますが、これは私の“したい気持ち”以前の話です」

「仕事をしたいと思うことは間違っていると言うのですか」

「いいえ、しかし仕事をする必要があるということは、つまり誰かが困っているということです」

「困っている人を助けたいと思うのはいけないことなのですか」

「いいえ、自分の“したい”や“しなければ”を優先させるようになったら本末転倒ということです」

「仕事をして生きていくのが当たり前なのですから、前向きな気持ちで取り組みたいのが人情ではありませんか」

「いいえ、できる限り仕事をしたくない、困っている人がいない方がいいというのが人情であり、あなたの言う“人情”は奴隷根性の誤魔化しでしかありません」

「しかし仕事をして生きていくのは常識ですよ」

「仕事をする必要がなくなったらどうなりますか」

「仕事がなくなったら生きていけませんよ」

「自分よりうまく必要を満たせる存在や手段が出現したら、あるいは困っている人が誰もいなくなったら生きていけなくなるというのは常識的におかしいでしょう」

「しかし仕事をして生きていくのが常識だとみんな言っています」

「満たすべき必要がたくさんあるなら常識ですが、何かしてカネを稼がないと生きていけないだけなら常識ではありません、こちらはただの設定です」

「自分のために仕事をするのは間違っていると言うのですか」

「いいえ、自分のために仕事をするのは間違っていませんが、自分のために仕事にしがみついたり、仕事をでっち上げたりするのは間違っています」

「働けば豊かになる、働かないと豊かにならない、これが現実じゃないですか」

「働いてモノを生産して人々に行き渡らせれば豊かになる、これは現実です。働いて賃金を稼いで豊かになる、これはただの設定です。もっと言うとあなた方が日々口にする“常識”とか“これが現実”の集積です。人々の必要を満たせるだけのモノが生産できる、供給できる、この時点で問題は解決です。仕事がなくなったら上がりです、常識的には」

「しかし自分のために仕事をすれば社会のためにもなると教わりました」

「自分のために誰かの必要を満たせば社会のためにもなりますが、自分のために仕事にしがみついたりでっち上げ仕事をしたりしても社会のためになりません。そういうことをすれば今日のあなたは得をしますが、それで社会が悪くなれば明日のあなたは損をします」

「今日の私が得をするならそれでチャラです」

「いいえ、誰の必要にも裏付けられずその先に何も無いシゴトに人生を費やした結果の得ですから」

「しかし仕事をせずタダでお金をもらって喜べますか」

「ママゴトをして、つまり実際にはタダなのに何かやったことにしてお金をもらって喜べますか」

「誰かを助けてお金をいただく、これが人間の喜びです」

「崖から突き落とした相手を助けてお金をいただく、これが人間の喜びですか」

「そんなひどいことはしません」

「あなたがやらないなら別の誰かがやります」

「そんなひどいことする人知りません」

「誰もやらないならそういう仕組みや空気でやります」

「現実に困っている人がたくさんいるから仕事をするのです」

「なんで豊かな社会で困っている人がたくさんいるのですか」

「現実は厳しいからです」

「いいえ、わざわざ厳しくしているからです。追い込んだり、奪ったり、騙したり、不安にさせたり、焚きつけたり、煽ったり、心に穴をあけたり。自作自演、マッチポンプです」

「私を加害者扱いするのですか」

「いいえ、あなたは突き落とされました」

「そうです、私は被害者なのです」

「いいえ、あなたは加害者です」

「私は突き落とされたんですよ」

「あなたは突き落とされると同時に突き落としてもいます、少なくとも突き落とすことを肯定しています」

「肯定した覚えはないので私は被害者です」

「いいえ、あなたは突き落とされ助けられる側であると同時に突き落とし助ける側でもあります」

「互いに互いを助け合う、善い社会ではありませんか。素晴らしくかみあった社会です、仕事が喜びになる人間社会です、何一つ変える必要がない働き者の社会です」

「自分の小市民的生活のためならマッチポンプで構わない、それで犠牲者が出続けても構わない。徹底して目を閉ざし、仕事の喜びなどと言って誤魔化して。そんな醜悪なあり方を助長する社会です、何一つ肯定する要素がない賃金奴隷の社会です」

「なるほど、つまり政治に携わる仕事がしたいのですね」

「・・・・・・」


ママゴト

灰色の空から落ちる雨音をききながら街を歩き、ランドセルを背負い学校に向かう子供をみたり、足早に駆けるスーツ姿の労働者をみたり、自転車でお迎えに行く主婦をみたり、年金や健康がどうとか談笑する老人をみたり、すると自分がツクリモノの世界に配置された一構成要素であることを実感する。幼い頃楽しみにしていた日曜日の朝に放送されるアニメの合間、頻繁に流れていた自分の背丈ほどもありそうなおもちゃの家、のCM。憧れはとっくの昔に実現していたらしい。ただし自分は配置する側ではない、という違いに目を瞑ればの話ではあるが。

要するに全てママゴトなのだ。そうみえるのは当然じゃないか!だって現実の見立てがママゴトなのだから。しかしそれはあくまでも“見立て”であって、現実とママゴトは違うんだ・・・・・・どこが?そう、そうだよ、遊びかどうかという途方もない違いがあるじゃないか!母親に“なる”とか“なりたい”とか、父親に“なる”とか“なりたい”とか、君はそういう些細な言い回しをあげつらって現実をママゴトと断じるけど、現実には責任が伴うんだ・・・・・・“責任”って何?そうやって責任を解体したらみんな無責任になって・・・・・・“責任”とは無責任の隠蔽にすぎないのに?

“責任”という言葉によって責任を引き受けた“ことにする”。責任ってどうすれば取れるの?それがなんで責任を取ったことになるの?それがなんで責任を果たしたことになるの?嫌になっちゃうね、「責任なんて取りようがない(から仕方ない)」ことをアテにしやがって。「責任なんて果たしようがない(から都合のいいように“責任”の中身を決めていい)」ことを承認し合いやがって。そのせいで誰かが“責任”を引き受ければ、別の誰かがどこかでツケを払うことになる。“責任”によって責任から逃れながら、無責任を隠蔽しながら、他人を犠牲にしながら、責任が伴う(“ことになっている”)正しい生活を立派に送っている(“ことにする”)。だから“責任”という言葉の存在こそが、全てがママゴトであることの動かぬ証拠なのさ。

それにしてもよくできたママゴトだよ。確かに“特定の誰か/何か”にやらされているわけではないからね。問え、問え、じゃあなんで?そしてそのうえで問いを殺し、笑って頷けこれが自分の意志!後退に次ぐ後退の果てに逃げ込まされる“自律した自由な自己”なる堤にならない堤、境界にならない境界、単なるでっち上げ、“そういうこと”になっているから現実もまたそうであるというおもちゃの家の象徴たる概念。自分で自分に自分を了解させるために用意された“自分”なる前提。全部、“自分”で、“自分”を中心として、“自分”のために、選んだことなのさ。ねぇ、本当に?

子供は今日も様々な“義務”や“課題”をこなそうと学校に行く。この巨大なおもちゃの家で“自分”が下層に沈まないために。“自分の将来”のために。けど学校の勉強なんて将来役に立たないと言う、じゃあなんでそんなことに人生を費やしているのだろうか?そんなことよりカネ稼ぎの能力を身に付けろと言う、じゃあなんでカネ稼ぎに人生を捧げねばならないのだろうか?学校の勉強は人生を豊かにすると言う、じゃあなんでわざわざ人生を豊かにしなければならないのだろうか?ハイ、それらが全てママゴトであり、豊かにしないとやってられないほどクソつまらないからです。

大人は今日も“責任”や“職務”を果たそうと働きに行く。何の必然性も必要性もなければ自然法則があるわけでもない。働く必要があるから働くのではなく、ママゴトのために働く。ママゴトを続けなければならないから、ママゴトを続けるために働く、ママゴトを続けさせるために働く、ママゴトをママゴトであらしめるために働く。共感するから共感するのではなく、ママゴトのために共感する、ママゴトを優先して共感したと思い込む。理解したいから理解するのではなく、ママゴトのために理解する、ママゴトを優先して理解したと思い込む。ママゴトを続けさせるために他人を癒し、ママゴトを続けるために癒される。現実と何の対応関係もなくなったママゴト、現実の見立てでさえなくなったママゴト、遊離し肥大化していくママゴト。奇っ怪な独自の論理で回り始めたおもちゃの家。

苦しいのはなぜ?そういう役割を与えられたから。貧困に喘いでいるのはなぜ?そういう役割を与えられたから。運命論ではなく、文字通りの意味で。学校のお勉強を頑張れば将来役に立つナンタラ力(論理的思考力など)が鍛えられるらしく、IQが高く生育環境に恵まれ長時間おとなしく座っていられる才能を持ったヒトがお勉強を介してナンタラ力を鍛え相応しい学校に進み相応しいイスを確保する。ナンタラ力?優秀な人間?仕方ないよ、だってママゴトなんだから。本当は奪う必要もないし、奪われる必要もない。見下す必要もないし、見下される必要もない。有能に憧れる必要もないし、無能に絶望する必要もない。苦しむ必要も、貧困に喘ぐ必要もない。焦りに苛まれる必要もない。生存競争(ゴッコ)をする必要もない。じゃあなんで?ただそういうママゴトの設定、おもちゃの家の設計。

子育てが大変なのも、バカ親の下にうまれただけで大きなハンデを抱えるのも、家族の誰かが倒れただけで一気に窮地に陥るのも、そうである必要が何一つない。考える必要もないし、悩む必要もないし、心配する必要もないし、苦労する必要もないし、もがき続ける必要もない。だって、モノは充実し、インフラは整備され、機械は発達し、科学技術は進歩し、実際には働く必要のない人間もたくさんいるから。じゃあなんで?ただそういうママゴトの設定、おもちゃの家の設計。

したがって全てはママゴトである。有意義な一日も無意味な一日も、充実した生活も空虚な生活も、どんな一分も一秒も、思考も行動も一挙手一投足が、おもちゃの家のママゴトである。助けを求めてもママゴトを頑張れと言われるだけで、みんなママゴトがうまいヒトを称賛して、ママゴトが下手な奴をバカにして、頑としてママゴト自体には触れようとしない、触れてはいけないと“決まっている”。ママゴトに対する異議申し立ては悉く「ママゴトを頑張れ」「ママゴトをする努力が足りない」と“自分”の問題に変換される。だから決まりに従って“自分”の中に引きこもり、おもちゃの家で“自分”の人生物語を充実させることに努めねばならない。ママゴトに励み、心身を削っておもちゃの家に人生を捧げねばならない、何の現実的裏付けもなく。じゃあなんで?これが自分の意志!これが現実!一体何を目指してるの?もちろん自分の小市民的幸福さ!なるほど!現実的基盤を日々せっせと掘り崩しながら結構な目標をお持ちのようで!

つまり単調に鳴る雨の音だけが今における現実なのだ。


こっち側

今日もまたあいつらは石を投げる
“こっち側”をやめた人に向かって
「逃げた」とか「弱い」とか
要するに
知っていたけど知らなかった、知ることを避けていた
わかっていたけどわからなかった、わかることを遠ざけていた
そんな選択をされてしまったせいで心がグラグラしちゃったんだな
それで自分ができないからって、勇気がないからって、石を投げちゃってさ
でも“それ”を否定したからといって自分のその消極的選択が肯定されるわけでもなく
“価値”が必要になっちゃうほど劣悪な“こっち側”の生活は何一つ変わらない
相変わらず“理由”が必要で
相変わらず“意味”が必要で
相変わらず“目標”が必要で
相変わらず依存する対象が必要で
本当は何一つ肯定に値する要素なんて無いとわかっているのに
意志や行為以前の些細な過ち(誰の?)から“こっち側”になってしまったというだけで
取り繕う以外になくなってしまったんだ
その様がまたかわいそうで
滑稽でバカバカしい思考と行動の反復と恥の上塗りでしかないのだけど
やっぱりまた石を投げずにはいられないんだな
「“こっち側”をやめたら地獄におちる」だなんて
“こっち側”よりさらにもっともっと下の劣悪な世界を持ち出すことで
脅迫と“こっち側”の肯定
“こっち側”はまだマシなんだよ、悪くないんだよ、本当なんだよ
証拠集め、記憶の改ざん、現実の歪曲
たまたま“こっち側”になってしまったというだけで課されたあり方
「“こっち側”をやめることは○○に対する冒涜!」だなんて
“こっち側”が正しいんだって、でっち上げで正当付けて
満足ですか?
いやぁ、むなしくなっちゃうな!
石を投げられる人と違って
“こっち側”をやめる勇気がないから
“こっち側”を全うして解放される日まで
たまたま属しただけの“こっち側”を賛美し
消極的選択の結果として“こっち側”に奉仕し続ける
つまり堂々巡り
偶然、恐怖、妄念による束縛、産物たる選択、自動的な継続
惰性に身を委ねるか、決断するか
どっちが簡単?
どっちが楽?
考えるまでもない
あ~あ、今日もまたうんざりするほど積み上がっちゃうね
薄弱者共の言い訳


ギャップ

昔の自分がみていた夢を思い出すことがある
こうやって文章を書いている時、本を読んでいる時、ラーメン屋に向かっている時
ちょっとしたことがきっかけとなって、「あ」と言う間もなく裂け目にドボンと落ちて
全身があの頃の夢に包まれてしまう

何かあると、全てがうまくいっている夢の世界に飛び込んだ
自分が世界の中心にいて、世界は自分が思い描いた通りに動いて
みんながニコニコ笑っていて、自分もニコニコ笑っていて
円滑なコミュニケーションと爽やかな笑いが織り糸のようにスルスル絡み合って
世界と人生が調和し、光り輝く時間が流れる
困難や問題は速やかに解決された
人間関係の悩みや勉強の苦痛はなかった
受験は簡単にパスし、誰もが羨むような成功を手にし
充実して称賛される日々を送り・・・・・・

そんな人生を“理想”と感じていたことがあったわけだ
そんな人生、本当に?どんな人生?どんな未来?
多分、みんなと同じで、いつの間にかごちゃ混ぜになっていたんだ
本当の理想は、そんな人生ではなく
“当たり前のように受け入れられている世界”だった
排除される心配もなく、ちゃんと居場所があって
そこに堂々と自分がいて、笑い声に包まれていて・・・・・・

だからいつも夢の世界を泳いだ、ギャップをないことにしようとするように
現実の自分は必死だった
手に入れたモノを失わないように、奪われないように
何を言ってもバカにされる恐怖を思い出しては、バカにされない言葉を探した
見栄を張って嘘を吐いた、身を守ろうと怒りに任せた、余裕がなくなって独断した
正当化の意図も認識できないまま思い込みに縋った
「“理想の人生”を実現すれば」はいつしか「しなければ・・・・・・」に変わった

「人間はそうやって生きていくもの」

本当にこんなもので済ませていいのだろうか?
赤の他人しかいない集団に放り込まれて、生き延びるのでいっぱいいっぱいだった
「社会」であえて分断された個体同士を生存競争させる意味とは?
“自分だけの力で”生き“ねばならない”意味とは?
分断、孤独、不信、そして“目の前の現実”即ち“自分の人生”に耽溺するよう誘われる

「人間はそうやって生きていくもの」

この世界でのこんな生き方を「“人間”の生き方」にしてしまうことの意味とは?

「前に進むためには仕方ないこと」

この世界で“前”に進んでしまうことの意味とは?

・・・・・・ギャップに疲れたから“前に進む”のをやめた、現実でも、夢の中でも


プロフィール

遊民

Author:遊民
読みたい本が山積みなのでニートしてます。

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