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笑顔の下には何が流れているのか

 ちょっとした用事で遠くの街に行く時は、必ずその街のラーメン屋を訪れる。きっともう二度と来ることはない街、そしてラーメン屋。見慣れない風景、地図を見ながらオフィス街に近い昼時の大通りを歩いた。目的地は目立たない横道を入ってしばらく歩いた所にあるようだ。見逃さないように、ソワソワと落ち着かない気持ちで歩いていく。すると横道の入り口に置かれたブラックボードが目に入った。脚立のように開いて置いて、両面使えるタイプだ。そこに白い文字で目指していた店への案内とおすすめメニューの紹介が書かれていた。

 ホッと一息ついて、周りを見渡してみた。けっこうな交通量、遠くにはビル群、通りには飲食店やコンビニが並んでいる。突然、わはははは!という笑い声、びっくりしてそっちを見ると、サラリーマン風の若い男たちの集団がいた。どこかに並んでいるのか、誰かを待っているのか、数人で固まっている。そのうちの1人がキョロキョロし、こちらに歩きながら、持っていた缶コーヒーをグイッと傾け飲み干すと、わざとらしい何食わぬ顔でそれをブラックボードの足の間に置き、そのまま集団に戻っていった。

 目的の店は綺麗だった。木の引き戸をガラガラと開けると「ハイ、いらっしゃいませ~」「いらっしゃいませ~」店員は2人、30歳前後の男性と中年の女性。店内は木材が基調でしゃれていた。先客はない。入って左の食券機の前に行き、千円札を与え、特製濃厚つけ麺のボタンを押し、案内されたカウンター席へ、座る前に「お願いします」笑顔の女性に食券を渡す。「特製濃厚つけ麺いっちょ~う!」「は~い」座って水を一口、目を閉じる。

 ぐつぐつと沸く音、食器同士が触れる高い音、カチャカチャと調理する音。後客はない。「ねぇ、ボードの位置、動かしてみた方がいいかな?」「いや、そんなことしたって変わらないよ」「でも、あそこじゃあまり人見ないんじゃない?」やり取りや見た目から推察するに、2人は多分親子なのだろう。修行して独立した息子、手伝う母親。「やっぱり、見てもらわないことにはどうしようもないから」母親はそう言って店を出て行った、息子は何も言わず調理を続けていた。

 チャッ、チャッ、チャッチャッチャッ、小気味よく湯切りし、シャコシャコシャコと冷水で締め、バッバッと水を切る。「どうぞ、特製の濃厚つけ麺になります」いただきますをして、中太の麺を一掴み、つけダレに半分ほどつけ一気にすする。心地良い風味、鶏とかつおのしっかりしたうまみ、舌を包むまろやかなタレの感触。鶏がメインの濃厚系は、えてして輪郭が曖昧になりパンチ力不足になりがちだが、これはかなり完成度が高い。麺をタレに深く潜らせると、箸にゴロゴロしたものが当たった。一口サイズにカットされた厚切りチャーシューと味玉だ。チャーシューと麺を一緒に掴み、夢中になって食べ進める。

 ガラガラ、ドアが開いた。厨房の店主と一緒に目を遣ると、ちょうど母親が後ろ手でドアを閉めているところだった。ガラガラ、という音が響いた。母親は黙ったまま厨房に入り、手を洗い、作業を始めた。私は味玉を掴んで口の中に入れ、目を閉じて咀嚼した。そこからは、麺をつけてすすり、麺をつけてすすり、麺をつけてすすり、思わず呟いていた。「うまい、うまぃ・・・・・・」麺とトッピングを食べ終えたので、スープ割りを頼む。「は~い、お待ちくださ~い」笑顔だった。女性は丼を店主に渡し、受け取り、カウンターに置いた。「スープ割りになりま~す、どうぞ~」笑顔だった。スープ割りを完飲し、口を拭き、水を飲み干し、席をたち、「ごちそうさまでした」と頭を下げ外に出た、「ありがとうございました」同じ笑顔に見送られて。

 帰り道、ボードは確かに少しだけ移動していた。足の間に空き缶はなかった。


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薄氷は幻想の中の確かな大地

息が詰まりそうだよ
どんな結果も受け入れようと
覚悟を決めていたはずなのに
間違ったことをしたんじゃないかって
心がグラグラ揺れている
落ちはじめてから気づくんだ
覚悟なんて、所詮言い訳
ほら、まただ
“気づく”という言い方も言い訳で
本当ははじめから知っていた
期待と甘えの裏返し誤魔化し
いつも同じように
繰り返しだ
言葉で言葉を裏付けようと
前のめりになればなるほど
言葉が汚くなる以外
何一つ変わりはしない
電車の乗客たちの顔が怖い
その言葉はこの人たちを刺すから
いつものお店の笑い合いがつらい
その言葉は目の前の善人を刺すから
ならば自分も刺される覚悟を
あ~あ、またわざと的を外した
自分でやったことなのに
いつの間にか願っている
誰か許してよ
独りぼっちになっても
独りぼっちになる覚悟なんて
できやしないんだ
取り返しがつかなくなっても
独りぼっちであり続ける覚悟なんて
できやしないんだ
自信があるなら堂々と!
なんて、本気で思っているなら笑い話だ
怯え続けて、一歩も動かなかったおかげで
そこを固い地面だと思い込めてるだけだよ
本当は一歩踏み出してみることさえ覚束ない
薄氷のように孤独な世界
覚悟も自信も実に無力だ
決めるのは結局他人なんだから
“承認”とコトバにしてみれば
わかったような気になるけど
高を括ってもいいことないよ
“それ”はもっと切実なものさ
世界の底は薄氷のように簡単に抜けちゃうんだから
なんで“承認”が必要なの?
滑稽だ、何の裏付けもない、何の後ろ盾もない
宙吊りの“個人”
せいぜい“家族”がいるだけだ
だから縋るしかない、ならば縋ればいい
否定されない安心感、“正しさ”という拠り所
ただしせめて誠実に


24時間爆弾

「まぁ要するにね、このボタンを押せば24時間前に戻ることができるんだよ。私も詳しいことはわからないし、これを私に渡した人も、その前の人も、きっとわからなかったのだろう。でも、24時間前に戻れるのは確かさ。自分が今存在する宇宙を消滅させる衝撃で、自分だけを24時間前の宇宙に飛ばす。前の所有者は私にそう言っていた」

 記憶はここから始まる。自分がなんでこんな話を聞くに至ったか、全く思い出せない。もっとも、あの時の精神状態を考えれば仕方がないし、むしろここからの記憶が鮮明であることを驚くべきなのかもしれない。

「信じられないのも無理はない。私だって、ボタンを押すまでは、ね。こんなちっぽけな、おもちゃみたいな装置が、まさかね・・・・・・。しかも、こうして手元に残るのだから、やろうと思えばきっといくらでも時間を巻き戻せる・・・・・・。うん、私がこれを受け取ったのは、ちょうど君ぐらいの年齢の時だった。今思えば、私が君を選んだように、あの人も私を選んだのだろう。若すぎても、年を取り過ぎていてもいけない、せっかくだから、有意義に使ってもらいたいしね。そのためには、まずこのおもちゃみたいな装置を所有してもらわないといけない。だから、もう半分気づきかけている人を探すんだ。半分では気づきながら、もう半分で自分はまだ・・・・・・と言い聞かせて、日々を生きていた人。その半々という均衡が、限界を迎えつつある人」

 ああ、確かに、よくある不幸の形だった。自分は特別だと思っていても、不幸の形はあっけないほど典型的だった。でも、自分が宇宙の中心なんだから、そんなありきたりな不幸でも、一番つらいのは自分なんだ。だから、目の前の怪しい人物を「あっちに行け!」と追い払う気力なんてとても湧かなかった。

「私の場合は、まぁよくある不幸の形さ。会社を辞めざるを得なくなって、離婚した。子供とはもうずっと会ってないし、今何をしているかもわからない。離婚してすぐに養育費が払えなくなってね、もう関わらないでくれって。そんな時だったんだな、この装置を受け取ったのは」

「なるほど、それで人生をやり直したってわけですね」

「いや、すぐには使わなかったんだ」

「え?」

「使ったのは最近、それも一回だけさ」

「はあ、しかしなぜですか?やろうと思えばいくらでも、それこそ子供の時まで戻れるわけですよね?やはり、宇宙を消滅させることへの罪悪感ですか?」

「ハハハ、しかし宇宙ごとみんな消えてしまうのだから、どうしようもない。でもまぁ、罪悪感というより単なる自分勝手だけど、他の誰かがこいつを押してくれれば、宇宙のついでに私も消してもらえるわけで、そういう願いが全く無いと言えば嘘になるかな」

「消えてしまいたいなら、そんな人生をやり直したいとは思わなかったんですか?」

「もちろん思ったよ」

「それじゃますますわからないですね」

「そうだね、“わからない”うちはわからない。それでいいんだ。つまり、気力なんだよ。やり直したいと思うことは簡単だけど、そのためにはやり直そうとして、実際にやり直さなければならない、当たり前だけどね。たとえば競馬か何かでカネを儲けて破綻した家庭を元に戻したとしても、結局そこからやり直さなくちゃいけない。一度ダメになったことを、もう一回、真剣に・・・・・・そう考えると中々決心がつかなくてね、まぁ装置が本物ならいくらでも戻れるんだからって、そのまま机にずっとしまっておいたんだ。それを思い出したのもわりと最近でね、それからはこう、取り出しては、酒を飲みながら何となくボンヤリ眺めていた」

 今は不幸が続いたショックで気力がなくなっているだけで、いつかきっと。そんな風に考える年齢と状況にある人を選ぶんだ。そうしていけば、この装置は宇宙から宇宙へと、いつまでも漂い続けるだろう。こうやってバトンを渡して、頑張れよ、頼んだよ、と。そういう時になってようやく純粋に笑顔になれる、それが自分の人生だった。

「私がこれを押した時は、電話の音で目を覚ましてね、二日酔いでとても気持ちが悪くて、どうせつまらない営業だと思ったら、もう全てが嫌になってしまったんだ。出しっぱなしにしてあったこれが目に入って、叫んで、次の瞬間には気分がよくなっていた。日にちを確認すると本当に1日戻っていてね、驚いたなぁ」

「だったらどうして他人に渡すんですか?」

「うん、私がその日何をしたと思う?ハハハ、同じように酒を飲んだだけなんだな。宇宙と引き換えにした1日でやったことが、既にみた番組をまた漫然とみて、同じように、酒を飲むことだったんだ。嫌でも悟るしかなかった、これが私という人間の全てなんだってね。無理だろ?そう、はじめから、やり直すだけの気力があったら、きっと今頃・・・・・・。はぁ、同じように酒を飲んで、次の日は同じように二日酔いになったのに、電話が鳴らなかったんだ。だからそんなはずないとわかっていても、あれはもしかしたらと思ってしまう。今となっては確かめようもないけどね」

 底無しの情けなさと、ちょっとした後悔。まだ最後まで諦められないのに諦めることを強いられている人には、恨みや憎しみや歪んだ野心が残り、もう最後まで諦めた人には、振り絞ったような小さいやさしさが残る。

「装置を私に渡した人の“一応言っておくけど”という言葉の意味が、その時の表情の意味が、ようやく身に染みてわかったんだ。「一応言っておくけど、君にはまだ可能性があるんだからね」私も同じことを言ってこれを君に託したい。見知らぬ誰かを根拠もなく励まして、心の底から背中を押すことで、自分を受け入れるしかないんだ」

 机の奥で眠っていたこいつを取り出すと、スルスルと糸がほどけるように、一緒に記憶も蘇ってきた。それからは、取り出すたびに、懐かしい思い出のように、かみしめる。今日もこうして、何となく眺めながら、いつものように・・・・・・。


「自分は違う」なんてことはない

「社会の中でちゃんとした仕事についてないからよぉ」目の前の男は威嚇的なイガイガした声で言った。「社会の常識がわかんねぇんだよなぁ」また“迷惑ばかりかける親戚”の話だ。トラブルや困難に見舞われるといつも“相談”にやってきて、ダラダラ自慢話をするだけで、結局何一つ変わらぬまま無意味に満足して帰っていく。エヘへ、エヘへと小金をせびることもある。「とにかくしょうもない奴だよ、自分のメンツばかり気にしてさ」缶ビールに手を伸ばし、ゴクゴクと飲み干すと、わざわざ音を立てて乱暴にテーブルに置いた。「ちゃんとした仕事してれば、こんなことでいちいち人に聞くのは恥ずかしいってわかるんだから」

 Aは心底ゲンナリした。目の前の男のようなヒトが“食っていくため、家族を養うため”に創出され用意された雇用のイスが、こんな形の“自信”を与えている。その仕事が何かなんて興味もないか、あるいは自分中心の“答え”で合理化して終わりなのだろう。

「大学生の時なんて、あいつは○○大学のくせにさ、英語の授業の訳をオレにやってくれって、しかもお母さんを通してだよ、普通じゃありえねぇよ、仕方ないからやってあげたけどさ、それであいつ文系だよ文系」このエピソードを聞くのはこれで何回目だろうか。Aは「だから何だよ」という思いを通り越し、それなのにいつまでも縁を切らなかったお前は一体何だと思った。迷惑をかけるだけのろくでもない親戚との縁を切る度胸も決断力もない、言えば言うほどそういうことになってしまう認識さえ持てず、何かあるたび同じことを繰り返し、同じ文句を繰り返す。

「プライドばかり高くて自分を客観的に見れないんだろうね。昔から嫌な奴だと思ってたよ、オレは小さい頃から一歩引いて物事を見ていたからね」じゃあ自分はできるのかと聞けば、当たり前のように「できる」と応える。この社会で今までそれなりにやってこれたことが“根拠”であるらしい。「それぐらいできなきゃ、社会でやっていけないよ」Aは「自分の心の動きや状況を見ようと少しでも努力したことがあるなら、そんな断言恥ずかしくてできないだろ」と言うのを堪えた。

「いちいちつまらないことで慌てて情けないよ。自分をちゃんとコントロールできないんじゃ、社会でやっていけないんだよな。あの年になって、こんな手続きも一人でできないんだから」こういうヒトがこういうヒトであることが問題なのではない、自分がこういうヒトであると認識しようとしないことが問題なのだ(だからこそこういうヒトは“こういうヒト”なのかもしれない)。自分だけは特別で、有能で、客観的に合理的に思考でき、いつでも正しく、どこまでも例外なのだから、何を言っても無駄なのだ。この男が自分の間違いを認めて謝った姿など一度もみたことがない。

 これが労働による尊厳だ。煩雑な書類作成、ややこしい手続き、コミュニケーション、そんなクソシゴトの付属物が“社会の常識”などと表現され、グロテスクな“誇り”を与えている。不毛な競争に勝って座る雇用の保護イス、それを維持するために創られるクソシゴト、その負の影響に何の責任も感じないどころか、何食わぬ顔で全てできない方が悪いと言い放ち、“苦労”の対価として恩恵を享受する。確かにできない奴は無能だ、クズだ、ゴミだ。しかし、それならばお前は何だ?

 腐敗したシステムに“素直に”従えば当然腐る一方だ。腐ったシステムと腐っていく日々を肯定する腐った言葉はそこら中に溢れている。腐るに任せて腐っていけば、テレビで言っているような、つまり服従者が反射的に思いつきそうな、もっと言うと“そういう視聴者”が喜ぶよう選択され発信されるような、着眼や論法に取り込まれる。テレビやネットが与える“正しさ”のお墨付きに勢いを得て、無自覚なまま、頭の中にも日常生活の中にも、腐に至る道をつくっていく。ヒト同士の関係の中には腐に至らせる道ができていく。自分もまた取るに足りない存在(結果かつ原因)と化しているのに、ヘラヘラ他人をバカにして誤魔化すようになっていく。なにもかも腐っていく。言葉も、自分も、世界も。

 Aはそのニヤニヤした顔を思い出して泣きたくなった。「なんでこんな奴の下に」答えは簡単だ。「自分を客観的に見れないから」「自分をちゃんとコントロールできないから」世間体に執着して結婚し、ノコノコ繁殖した。その結果としての偶然だ。ここを避けるべきではない。人間誰しもダメな所があるから許し合ってとか、それでも一生懸命生きることが大切とか、そういう綺麗事で済ませるべきではない。人間のダメな所を許すべきではない、とりわけ自分のダメな所を、ダメな自分を、“同じ”である自分を、許すべきではない。努力すれば変えられるなんて甘えてはいけない。そういう甘えの産物が今のこの世界だろうが。歯を食いしばって濁音だらけの叫びを飲み込んだら、退路を断て、覚悟を決めろ、でないといつまでも終わらないぞ、腐った遺伝子も“文化”も世界も、いつまでも終わらないぞ。もっともっと、どこまでも腐っていくぞ。Aは明日の準備をしながら嗚咽した。


それは自分だけしか見ていない

この世界では

報酬にしろ、権利にしろ、承認にしろ
他人や社会から何かを受け取りたかったら
自分がそれに値するだけの根拠を提示して
説得しなければならない

らしい

でも、文句なしの結果を用意できる極一握りでないなら
頑張りとか、苦しみとか、つらさとか
そういうものを根拠にするしかない
自分しか知らない、というより自分自身もよく知らない過程を根拠に

それで誠実でいられますか?
それで他人に目を向けられますか?
それで「客観的に自分を見る」なんてできますか?
それで他人を素直に認めることができますか?

みんな、自分が一番頑張っている、と信じている
みんな、自分が一番苦労している、と信じている
みんな、自分が一番つらい、と信じている
みんな、自分が一番、と認められたい、と思っている

「こんなに頑張っているのになんで」
「自分だけが不当に苦しんでいる」
「自分だけつらいのにみんなズルい」
「誰もわかってくれない、誰もわかってない」

だから、頑張った人が報われる社会を求める
みんな、自分が一番頑張っている、と信じている
みんな、自分が一番頑張っている、と認められたい、と思っている
だから、頑張った人が報われる社会を求め、誰も報われない社会をつくる

苦しみやつらさを“証明”するため“被害者”になろうとする
みんな、自分が一番苦労している、と信じている
みんな、自分が一番つらい、と信じている
だから、“被害者”になろうとして、“加害者”を探す、責任を押し付ける、他人を軽んじる

言葉と概念の無限世界で行われる
際限のない細分化と特殊化
お前は違う、お前の場合は問題じゃない、お前のやったことは誰でもできる
自分はそうだ、自分の場合は大問題だ、自分の力で大きな困難を乗り越えた

「お前は本当に困っている人ではない」
「それは障害ではなくただの甘えだ」
「~な条件に当てはまる人は○○障害であるという認識を持って~」
「××差別が世の中に蔓延している」

“自分”の中に引きこもり
自分も他人も裏切り続ける
“自分”への執着、自己評価・期待と現実との乖離
「大人になる」という惨状肯定的プロセスの発生

嘘と誇張と執着に嫌気がさした者は
せめて誠実であろうとした者は
零落や鬱や自殺という取り返しのつかない結果に至るまで
我慢する

どうにもならなくなった後で
ヒトは嘆く
「そんなに苦しかったのなら、どうして言ってくれなかったんだ!」
ここは地獄だ


プロフィール

遊民

Author:遊民
読みたい本が山積みなのでニートしてます。

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