正義くんと善意ちゃん

「あら、正義くんどうしたの?今日は一段と誇らしげな顔して」

「やあ善意ちゃん、やっぱりわかる?実は一仕事終えたばかりなんだ」

「まあ。一体何をなさったの?」

「テレビ局に電話してね、言ってやったんだよ。少しは奥さんの気持ちを考えたらどうなんだ!ってね」

「奥さん?」

「最近報道された不倫事件だよ。あのチャランポランな男と身勝手な女のさ」

「善いことをしたじゃない!私、あの奥さんの気持ちを考えたら、悲しくて、悲しくて、つらかったねって、涙が出てきたわ」

「だろう?それなのにテレビを見てみろよ。バカ男の発言を面白おかしく報道するばかりじゃないか!もう、奥さんが不憫で、不憫で、居ても立っても居られなくなったんだ」

「それでいいのよ!テレビは奥さんの気持ちも考えずに不倫を面白おかしく報道して、これじゃ悪いことをした者勝ちじゃない!犯罪を煽っているようなものだわ!」

「全くだ!これからも連中をしっかり監視して、正しいことをするようきちんと指導してやらないとね!」

「ねえねえ正義くん、最近の地震の報道はどう思う?」

「どうって?」

「被災者の方々のこと、ちゃんと理解してると思う?」

「どうだろ・・・」

「私は思わないわ!被災者の方々はね、希望を失っているのよ!ねえ、正義くん、私にはみんなの気持ちがわかるの。今一番必要なのはね、希望なのよ。だから私、ありったけの真心を込めた千羽鶴を送ったの。元気を出して!希望を持って!そう祈りながら、一羽一羽一生懸命折ったのよ」

「正しいことをしたじゃないか!善意ちゃんの気持ちはちゃんと伝わったよ!」

「そうよね!こんなに気持ちを込めたんですもの」

「やっ、君ら何してんの?」

「悪人先輩!いやあ、僕ら正しいことと善いことをしたので、えへへ」

「ふ~ん」

「悪人先輩は最近何か善いことをしましたか?」

「う~ん、とくに何もしてないんじゃないかなあ」

「ダメじゃないですか!こんな大変なときに!」

「大変?」

「先輩、ニュースとかちゃんと見ないんですか?つい先日も幼女殺害事件のニュースがあったじゃないですか!それも犯人の冤罪を印象付けるような!」

「それが?」

「「それが?」って・・・。先輩は人非人ですか!?被害者遺族の気持ち、少しでも考えたことあるんですか!?」

「考えたらどうするの?」

「テレビ局に電話したり、マスコミに洗脳された連中をインターネット上で指導したり、極刑を求める運動を展開したり、圧力をかける手紙を犯人の実家に送ったり、やることはいっぱいありますよ!もうね、被害者遺族の気持ちを考えたら、悔しくて、悔しくて、自白したんだからあいつが犯人に決まってるんだ、そうでしょ!?やってなかったらね、堂々とやってないって言い続けるはずじゃないか!」

「そんならオレは考えるの遠慮しとくわ」

「なっ・・・」

「正義くん!こいつ人間のクズだわ!人の気持ちを考えられないなんて!」

「なあ、お前らなんでオレが「悪人」か知ってるか?」

「人非人だからでしょ」
「クズだからでしょ」

「いんや、オレにもお前らみたいなことを言ったりやったりしてた時代があったんよ」

「本当ですか?」

「うん、あった。おかげで今では「悪人」の名が定着しちまった」

「正しいことや善いことをしてそうなるなんて、ありえませんよ」

「悪ってのはな、悪意によって為される方がむしろ稀なんだわ。じゃあ何によって為される?正義心と善意なんだわな」

「私たちは先輩とは違います」

「「日常」っつーか、「自分の世界」っつーか、そういうとこから勝手気ままに他人を理解して得意になってみたり、逆に全く理解できないって怒ってみたり、他人を理解できるって思い込んでる奴ほどこうなるんだなあ」

「僕たちは先輩とは違います」

「そういうとこに没入してる人間ほど、自分は正しいと信じて疑わず、好き放題行動し、他人に怒りや憎しみを抱き、反省や罰を求めんだ。ほとんどの人間は正義心と善意で動いているけど、そういうとこから出ようと努めないどころか没入してることさえ無視すんだから、そりゃあ当然ズレるわな。良くて±0、大抵はマイナス、実害を与えるだけなわけ。こうやって正義心と善意で日々悪行を積み重ねて、得意になって、ご苦労なこった。まっ、オレがこれに気づいた頃にゃ取返しのつかない「悪人」になっちまってたがな」

「私たちは先輩とは違います」

「オレはみんなとは違う、オレなら理解できる、オレなら正しく行動できる、そう信じて疑わなかった時代がオレにもあったよ。ほんと、これ、恥ずかしいもんな、正しくて善いと思ってやってたことの大半が悪行だったとか。公共の福祉、秩序、他人のため・・・どれもハイハイって感じだよ。悪を結果してるのは大抵が正義心や善意だと認めないかぎり、人間は同じことを繰り返すね」

「ご安心ください。僕たちはそんな過ち犯しませんから」

「うん、うん、オレも・・・」

「僕たちは悪人先輩とは違います」
「私たちは悪人先輩とは違います」

「・・・・・・」

一同「はっはっは」


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豊かな国の本当に困っている人たち

「さて、あなたは社会保障制度に反対の立場をとっておられるわけですが、まずはその理由をお聞かせいただければと思います」

「あのですね、勘違いしないでいただきたいのは、私は社会保障制度に反対しているわけじゃないということです」

「そうなんですか?」

「ええ、この点は誤解しないでいただきたい。私は弱者に死ねと言ってるわけじゃないんです」

「しかし、現に反対されてますよね?」

「私はね、本当に困っている人を助けたいだけなんですよ」

「はあ、ではなぜ反対を?」

「今の制度は悪い奴らが不正に利用しているからです」

「悪い奴らですか」

「ええ、反社会的勢力や外国人、あとは怠け者たちですね。悪い奴らが不正に利用するせいで、本当に困っている人に助けがいかないのです」

「そんなに不正が行われている事実があるのですか?」

「悪い奴らは何でもしますからね。データを改ざんしているのかもしれないし、官僚を買収している可能性もあります」

「そうなんですか」

「はい。だから本当に困っている人に助けがいかないんです」

「どうすれば良いでしょうか?」

「もっと厳格に運用すべきでしょうね」

「しかしそれだと本当に困っている人も弾かれてしまうかもしれませんよ」

「大丈夫です。本当に困っているなら、社会保障の申請をしている暇なんて無いはずですから」

「なるほど。では本当に困っている人の申請を支援する人が必要ですね」

「いりませんよ。本当に困っているなら、支援を頼んでいる暇も無いはずですから」

「あの、本当に困っている人というのは、一体何者なのでしょうか?」

「本当に困っている人は本当に困っている人です」

「たとえばホームレスの人は本当に困っている人ですか?」

「違いますね。ここは豊かな国なんだから、まじめに生きていればホームレスにはなりませんよ。なりたくてなったんだから、当然本当に困っている人とは言えないでしょうね」

「無職は?」

「論外じゃないですか。ここは豊かな国なんだから、探せばいくらだって仕事はみつかるはずですよ」

「うつ病の人は?」

「全く理解できません。これだけ恵まれた豊かな国で泣き言垂れて。うじうじやってる暇があったらね、手足を動かすんですよ」

「いじめられてる子供は?」

「ここは豊かな国なんだから、自分で勉強するなり起業するなりすれば良いじゃないですか。そうやって成功した人、いっぱいいますよ」

「それができない人は?」

「豊かな国に生まれたのにこの程度の前向きな気持ちも持てない。いじめられて当然じゃありませんか」

「親がいなかったり、いても虐待されてる子供は?」

「ここは豊かな国ですよ?優秀な人間の養子になれば良いじゃないですか」

「社会的マイノリティは?」

「ですから、ここは豊かな国です。国会議員になって社会を変えれば良いじゃないですか」

「被災した人は?」

「一応、本当に困っている人ですかね」

「「一応」というと?」

「まあ、どんなに長くても1年じゃないですかね。ここは豊かな国なんだから、1年もあれば復興させられるでしょう」

「障害がある人は?」

「何度も言いますが、ここは豊かな国なんですよ。その証拠に、乙○さんという方がいる」

「本当に困っている人はどこにいるんですか?」

「いっぱいいます」

「どこに?」

「いっぱいいます」

「どこに?」

「あのね、ですから、私はなにも弱者に死ねと言ってるわけじゃないんです」

「でしたら、いっそのこと社会保障という形ではなく直接お金を配るのはどうです?」

「社会的責任はどうなるんですか!みんな働いて世の中に貢献し、お金はその対価としていただくものです。当然でしょう?」

「・・・どこにいるんですか?」

「みんなの気持ちを考えてください!毎日誇りを持って世の中に貢献し、頑張ってようやく稼いだお金がね、悪い奴らに掠め取られているんですよ!」

「悪い奴らはそんなにいるんですか?」

「そこら中にいっぱいいるじゃないか!奴らはね、本当に困っている人を助けたいみんなの善意を利用してるんですよ!遊んで暮らして、テロリストになる費用を貯めているんだ」

「わかりました。本当に困っている人に話を戻しましょう。たとえば引きこもって死にたがってる人はどうでしょうか?」

「話にならない。ここは豊かな国なんだから、死ぬ気になれば何でもできる。途上国の子供をみてくださいよ、あんなにやせ衰えて、服も着ていない。それに比べてこの国はどうです、食べる物も着る服もちゃんとある。この国に生まれて死にたいだなんて、本当に困っている人に失礼ですよ」

「ではやせ衰えて服を着ていない途上国の子供は本当に困っている人なんですね」

「違います。ああいう境遇でも成功した人はいますからね」

「なるほど。それで社会保障制度に反対しているのですね」

「ですから反対はしていませんよ。ただ本当に困っている人のための社会保障制度が必要だと言っているだけです」


人生説明会

「諸君、本日集まってもらったのは他でもない。諸君も今年で-1歳となり、生誕を間近に控える身となった。そこで、我々の世界で活躍すべく、諸君の人生について説明を聞き、正しい精神を身に付けてもらいたいのである」

「精神でございますか。して、その精神とはいったい?」

「うむ。諸君は労働者になるべく運命づけられている。したがって、諸君が身に付けるべきは労働者精神である」

「労働者、でございますか。して、その労働者とはいったい?」

「うむ。労働者とは、最も偉大な投資家のことである。諸君、人生とはそもそも投資なのだ。資源を投入し、それ以上のリターンを回収することを常に考えねばならない。食事、睡眠、娯楽、恋愛、人付き合い、あらゆる活動が投資なのである」

「全てが投資、でありますか?」

「そうだ。しかし、諸君、投資対象にも序列というものがある」

「序列、でございますか」

「うむ。今挙げたものも所詮は下位の投資対象にすぎない」

「なんと!して、序列の頂点に君臨するのはいったい?」

「諸君、序列の頂点に君臨するということは、あらゆる活動の中で最も尊いことを意味する。つまり、最高の投資対象ということである。そして、諸君、よく聞き給え、最高の投資ができる人間は、最も偉大な投資家だけなのだ!」

「おぉ~~~~・・・あれ?」

「諸君、気づいたか!そうなのだ!序列の頂点に君臨しているのは、労働なのである!諸君は労働者になるのだ!最も偉大な投資家になるのだ!」

「なんという幸運!」

「諸君、幸運はそれだけではない。知っての通り、我々の世界では生きていくためにお金が必要なのだが、なんと!この労働こそが!唯一の!お金を生み出す投資なのである!」

「なんと!」

「幸運はまだ続くぞ、なんと!労働は時間を投入すればするほど諸君に成長をもたらす!成長はさらに大きなお金を諸君にもたらす!投資すればするほど、諸君はより多くのリターンを獲得できるようになるのだ!」

「まさに一石二鳥!」

「幸運はまだ終わっていない、なんと!労働は確実にお金を生み出すのである!お金がなければ生きることのできない世界で、労働は確実にお金を生みだす!労働だけがお金を生み出すばかりでなく、確実にお金を生み出すのだ!お金がなければ1日とて生存できない世界で、確実にお金を生み出す!つまり諸君の明日を保証するのである!」

「一石三鳥!我々は偉大な投資家、労働者になる!」

「うむ、その意気だ。しかし、諸君、これほどの投資が、そう易々とできるものだろうか?」

「・・・え?」

「諸君、労働に投資するためには、まず労働を提供してもらわねばならない。そうではないか?」

「その通りであります」

「諸君、この事実は非常に大切なので、ゆめゆめ忘れてはならない。諸君に労働を提供するのは、会社である」

「会社、でありますか」

「うむ。諸君が偉大な投資家になるためには、まず会社に雇っていただかねばならない。当然だろう?」

「当然であります」

「そうなのだ!会社が雇って労働を提供してくださるからこそ、諸君は偉大な投資家として明日が保証される!そこで諸君、少し考えてもらいたい、諸君を雇っている会社に万が一のことがあったら、諸君はどうなるだろうか!?えぇ!?投資ができない!お金がない!そう、死んでしまうのだ!会社がなくなったら、諸君は死んでしまう!この事実をゆめゆめ忘れてはならない」

「会社がなくなったら、死んでしまう!」

「うむ、理解が早くてよろしい。諸君、どうだ、会社に万が一の悲劇が訪れるのを防ぐためなら、月200時間のサービス残業など、当然の義務にすぎないと、そうは思わないか!?えぇ!?万が一会社に何かあったら、諸君は死んでしまうのだぞ!」

「当然の義務であります!」

「良い返事で私は嬉しい。諸君、確かに月200時間のサービス残業はきつい。しかし、労働とは、元々きついものなのではあるまいか?きついからこそ、確実にお金を生み出せるのではあるまいか?きついからこそ、成長できるのではあるまいか?きついからこそ、これ以上ない充実を与えてくれるのではあるまいか?」

「これ以上ない充実!一石四鳥であります!」

「ところで、諸君、諸君には労働以外にない、だから労働のみが充実できる活動になるのであって、労働のみが充実できる活動だから労働以外になくなる、のではない。諸君にはこの違いが、わかるか?」

「んん~~~~~?」

「諸君、それでいい。これはひっかけだ。この違いがわかる奴は、バカなのだ」

「バカ!」

「そう、この違いがわかる奴は、バカだ。諸君、重要なことを教えよう、バカに、労働者は、務まらない。つまりバカは雇っていただけないのだ!」

「バカになってはいけない!」

「その通りだ。なんせ、会社に雇っていただかねば、諸君は死んでしまうのだから!」

「会社様!なんとありがたい!」

「諸君、その会社様を恨むなどもってのほかなのだが、中には目先のつらさに負け、ハラスメントだとか喚いて愚行に走ろうとする者がいるのだ。そこで、つらくなったら、例の事実を思い出してもらいたい。会社に雇っていただけなかったら、諸君は死んでしまう!」

「ハラスメントは恩知らず!」

「会社がなくなってしまったら、諸君は死んでしまう!」

「感謝してサービス残業!」

「素晴らしい心意気だ。それでは、諸君、我々の世界での活躍、心より期待しているぞ」


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