FC2ブログ

称賛称賛微小な快楽無限の苦痛

「他人を公に称賛するのって嫌じゃない?」

「どうして?」

「すごくいやらしいから」

「人前で誰かを称賛する人を思い浮かべれば、それは何となくわかるよ」

「同調しないとすぐに嫉妬とかってことにしてくる。あいつらは本当にいやらしい」

「他人を公に認めるということは、「当人を認める」と同時に「ある価値基準を認める」ことにもなる。それは正しくみんな従うべき基準であることの確認」

「自分と「価値基準」との関係が遠ければ遠いほど、称賛が容易になる一方で内容は表面的になる。大して興味が無ければ、スゲースゲーと言うのは簡単だからね」

「自分が「価値基準」にコミットしていればいるほど、称賛するのが困難になる。受験にコミットした人間が自分より偏差値の高い人間に対抗意識を燃やすように」

「が、それなりに自分に満足していたら、そうでもないと」

「誰かを心の底から認めるって難しいんだよな。ある価値基準にコミットし続けてないと相手の凄さを理解できないし、そのうえで認めるには自分に満足していなければならない」

「他人を公に称賛することは、満足を間接的に示す手段にもなりうるし、「相手を素直に認められる人間」という承認を得る手段にもなりうる」

「純粋に心の底から誰かを認めている人間と、いやらしい人間との区別は大体の場合は可能だが、全員ができるわけではないし、直接のコミュニケーション→電話→SNSのように、情報が少なくなるにつれ区別が難しくなる」

「だから「認める気持ち」は公にせず自己完結したいんだな。確かに公に称賛すれば大抵は好意的に解釈してもらえるよ、それが見せかけの称賛だとしてもね。それで評価を高められるかもしれないし、なによりみんながハッピーになったように見えるけど、そういう善意というか、認知の陥穽というか・・・・・・なんか他人を利用しているようで嫌なんだよね」

「平気で利用しまくってる奴らは、判断保留や無関心の表明さえすぐに嫉妬とか言い出す」

「特定の価値基準にコミットしてないなら嫉妬のしようがないのだが、こっちとしてもその証明はできないからね。逆に拘ってる証拠だなんて言われてもどうしようもない」

「反射的に怒ってしまうのはナカマに裏切られたからだろうか」

「自分が従っている価値観にはみんなも従っているはず、と信じて発言するのだから、裏切られた/バカにされた/そんなことありえないと感じるのかもしれないね」

「しかし仮に攻撃がなかったとしても、嫉妬と解釈されるリスクを考えたら結局は称賛に同調せざるをえない」

「そういう圧力が生じてしまうのも嫌だね。カワイイ~なんてのも圧力の産物だよ」

「人前で誰かを称賛する人は自分の評価のために圧力というコストを周囲に支払わせているんだな」

「まさに人間関係ゲームだね。誰かの得は誰かの損。誰かの優越感は誰かの怨念。優越感はすぐに消えるが、怨念は確実に残るどころか時間と共に増えさえする」

「負け組に借金させて創ったカネを勝ち組がパーッと使うゲーム。たとえばこの世の恋愛借金を全て背負ったのが「非モテ」とバカにされている人たち」

「「非モテ」がそうでなくなったら、怨念と一緒に優越感も消滅する。つまり、「非モテ」には借金で潰れて死んでくれないと困るわけだね」

「ゲームから降りてチャラにできればいいんだけど、SNSとかならともかく、学校や職場じゃ逃げられない」

「他人を公に称賛するということは「価値基準を認める」ということでもあるから、他人をゲームに引き留める効果を持つ。いいよなぁ、すげぇよなぁ、憧れちゃうよなぁ、ああいう風になりたいよなぁ。なぁ?ちょっとした承認のために、誰かをゲームに留まらせる。ちょっとした優越感のために、誰かの借金を膨らませる。あぁ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

「称賛したら「下」の人を泥沼に嵌らせる結果になるからやめておこう、こんな考えが頭をよぎった時点でこちらは相手を「下」と判断してるわけで、そういうのも本当に嫌だね」

「これが今世!これが人生!進むも地獄なら退くも地獄だ!上も下も右も左も、そこにニンゲンあるかぎり、現出するのは地獄絵図!人間を辞めピラミッドの頂を目指すか?卑しい承認モンスターに身を落とすか?地獄の繁栄に奔走する獄卒と化すか?踏みつけられるのみの弱者として負債に沈むか?さぁ、選べ!世間様より賜りし自由意志、思う存分発揮するがいい!」

「・・・・・・まぁ、しょぼい快楽のために大きな負担を押し付けていることや、それによって互いに互いを「その程度の存在」にし合っていることには自覚的でありたいね。直接的な負担の押し付け合いに加え、「しょぼい快楽のために大きな負担を背負わせても良心が痛まない、その程度の存在」という烙印を押し合っている。借金の増加にしろ圧力にしろ引き留めにしろ烙印にしろ、どこかで利益以上の損失が発生する。あぁ、クソゲーから降りたい、しかしガッコもシゴトも許してくれない。クソゲーに埋め込まれたクソゲー、クソゲーから逃げてもクソゲー、ここはクソゲー地獄だ」


スポンサーサイト

たすけてたすけてたすけてよ

「たすけてたすけてたすけてよ
 わたしをいますぐたすけてよ
 たすけてほしい けどだれに?
 たすけてほしい けどなにを?
 だれにもたすけてほしくない
 なんにもたすけてほしくない
 たすけてたすけてたすけてよ
 わたしをいますぐたすけてよ」

「それは何だい?」

「たすけてほしい歌、とか?」

「結局助けてほしいのか、ほしくないのか」

「助けてほしくない、けど助けてほしい」

「助けてほしいけど誰も何も助けられないとわかっている」

「あえて言語化するなら、明日が来るという事実から助けてほしい」

「なら死ぬしかない?」

「けど生きたい、これは矛盾?」

「矛盾してないよ。「あんたらが押し付ける明日」が来るという事実から助けてほしいってことだろうからね」

「死にたくても 死ねやしない
 死ぬまでもなく ずっと死んでいるから
生きたくても 生きられやしない
生まれた瞬間から いつも殺されているから
死ねやしない 現実は不死の存在
生きられやしない 現実は宙吊りの存在
 だから今日も 恋の悩みにすり替える 仕事の話に置き換える
 誰もたすけられやしない 私を殺す当の相手に
 たすけを求める? ありえない」

「たまにね、誰もいない夜の河原に行きたくなるんだな。そこで一人座っていると、涙が溢れてきてね、叫びたくなるんだよ。誰か助けてくれ!誰か助けてくれ!ってさ」

「一人になりたい?」

「けど一人になりたくない、これは矛盾?」

「矛盾してないよ。自分を殺さない人間がどこかにいると信じたいってことだろうからね」

「「個」に分けて、自分以外の「個」を厄介な何かにする仕組み。これこそ矛盾さ」

「矛盾、矛盾って中二病?」

「中二病・・・・・・ふふふ、みんな、中二病なり、思春期なりを、ちゃんとクリアしたと思っているようだけど、実は押し込めてるだけ。不条理をひたすら我慢するだけだなんて、そんなの単なる退行じゃない?腑抜けたお子様の似非解決だよ」

「忌まわしい日常と化した厳しい競争からたすけてほしい?」

「競争に負けるのが嫌だとか、誰かと競争したくないとか、そういうのじゃないんだなぁ。なんていうか、みんなが苦しむだけでほとんど誰も得をしないのに、やりたくない・・・・・・文句を言うな!・・・・・・たすけてほしい・・・・・・ごちゃごちゃ言うな!・・・・・・互いに互いを縛りながら、それでも続ける滑稽さ、この途方もなく無力な虚無感。たすけてたすけてたすけてよ、お願いだからたすけてよ」

「あ~あ、本当に、あまりにもバカバカしくてやってられない。毎日毎日、正論、正論、正論、正論、キチガイ道徳に照らせば濁流の如く押し寄せてくる諸々の矛盾は全て正論なのでありますが、しかしキチガイにとっての正論は「人間」にとっていかなる意味を持ちましょうか?」

「また仕方がないとかほざいてらぁ」

「今日も夢から覚めやしない、だからお願いたすけてよ」

「学校や会社をバカにしていい気になってる奴らも、「好きなことを仕事にしてカネを稼ぐ自由」に魅了されて骨抜きさ。学校や会社なんかよりもっとずっと巨大な不自由に絡めとられたことには気づこうともしない」

「画一性をバカにするってことは、結局は逃げたってことだからね、所詮そんなもんさ。それで自分は違うことにしようとすれば、もっとずっと巨大な画一性に染まらなきゃいけない。否定はすなわち「それ」の肯定。こんなチンケな落とし穴に、一人、また一人と嵌っていくのを見れば、嫌でも悟らざるを得ない・・・・・・誰も本気じゃなかったんだなって」

「理想へ近づこうと思ったら、中二病とか、仕方ないとか、そんな生温い言葉じゃ片づけられないはずなんだな」

「知らなかっただけなんだってさ」

「ふ~ん、ずいぶん自分に甘いのね?」

「本当は知ろうともしなかった」

「毎日触れているのに、知ろうともしなかった」

「知らされたとしても、知る気なんてなかった」

「みんなが「知らない」ことで効力を発揮する言い訳をみんなで使って、散々好き放題やっておいて・・・・・・ばれてんだよ?知りませんでしたで済むはずないじゃない?こんなしょぼい落とし穴、知りませんでしたで通るはずないじゃない?」

「だって、知らなかったんだ!知らなかっただけということは、つまり悪気はなかった、そうだろう?こっちだって騙されてた・・・・・・つまり君と同じ被害者なんだよ?こんなに苦労して・・・・・・いや、苦労させられて・・・・・・それが罪を重ねていただけだなんて・・・・・・あんまりじゃないか!」

「日々正論に従い、苦労し、努力し、他人も社会も傷つけ殺す。あんたらはどうせ「また」逃げるよ、罪を認めることもなく、罪を贖うこともなく、苦労と努力が免罪符。けどあんたらは正しい、なぜって、あんたら自身がそれを決められるんだから」

「触れるたびに拒絶して、空論と忘却する都合のよろしいその精神」

「言い訳を確保しようと毎日毎日従って、人間の弱さだのなんだの、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇよ。「弱い」のは「あんた」で全部「あんた」がやったってだけの話なのに・・・・・・それでも、まだ、人間ヅラ?」

「たすけてたすけてたすけてよ
 お願いだからたすけてよ
どこにも人がいやしない
正論だらけの夢の世界
みんながみんなで誰かを殺す
みんながみんなで私を殺す
たすけてたすけてたすけてよ
夢の世界からたすけてよ」


何だか妙に寂しくて

「夏の夜って寂しくならない?」

「人恋しくなるってこと?」

「いや、夏の夜、遠くにみえる街の光を風に当たって眺めていると、今日も人が生きているんだなぁって」

「季節関係なくない?まぁいいや、それで、人が生きていることが寂しいわけ?」

「人の生き方が寂しいのかな」

「暑すぎて頭沸いたんだね。で、たとえばどんな?」

「初対面の人が集まったとき、誰か二人が共通の趣味があることを発見するんだ。二人は磁石のようにカチッとくっつき、落ち着かなかった空気がこの二人を中心に秩序をもって回り始める。他の人たちが「自分も!自分も!」と我先にとくっついてきて、集団が形成される。これにくっつければとりあえず安泰で、くっつけなければきつくなる。こういうの、何だか妙に寂しくないかい?」

「くっつけないのはもちろん嫌なんだけど、「自分も!自分も!」とくっつくのも嫌だし、自分を中心にくっつかれるのも嫌だね。特にこいつが嫌だな。前の二つは嫌な理由がはっきりしているけど、こいつはいまいちはっきりしない。中心になって安泰も安泰のはずなのに、どうして嫌なのだろう?」

「それが寂しさの正体なんじゃないかな」

「他の人が笑いながら集まってきて、自分もそれを笑って迎え入れるんだけど、確かにこれってすごく寂しい。ニセモノっぽさとか、みんな必死な感じとか」

「生き残りが懸かっているからね。クラスにしろ、サークルにしろ、職場にしろ、生き残りが懸かっていて、だからみんな余裕がなくて、感覚を研ぎ澄ませて「生き残り」につながりそうなシグナルを探している。みつけるとワッと群がってくる」

「寂しいなぁ、やるせないなぁ。中心で人を迎え入れても、相手がとても遠くにいるように感じるもんなぁ。というかその場面自体が遠のいて、自分が自分の意志で動いているのかどうかも曖昧になるもんなぁ」

「これと同じようなやり取りが街のそこかしこで行われているのかなぁと想像してしまうから、きっと寂しくなるんだろうなぁ」

「寂しいといえば、三人のうち二人が協力しなければならないケースってのも寂しくない?」

「一人は必ず余らなきゃいけないってこと?」

「寂しいのは余ることじゃなくてさ、この三人が男男女だったら」

「あぁ、すごく寂しくなった」

「仮に男Aが女と協力するのが最も効率的だったとしても、男Bが自分の方がうまくできるとアピールしたりするじゃない、自分が女と組もうとしてさ」

「一人になるだけじゃなくて、女まで取られることになるから、必死になるんだ。全体のことなんて考えずに、自分、自分、自分自分自分。誇大妄想じみたアピール、いわれのない誹謗中傷、嫌み。そこまでするかと思うけど、生き残るためにはここまでするのが当然なんだなぁ」

「女も満更でもないどころか、むしろ嬉しそうでさ、自分が原因でひと悶着あったぞと。こっちも自分、自分、自分自分自分。争いのおかげで自分が一番強い立場を確保できたから、「生き残り」の達成が確実になったってさ」

「やるのも嫌、やられるのも嫌、自分が争いの原因になるのも嫌、男二人で組もうとして裏切られるのも嫌。けどみんなはそうは思ってないようで」

「これと同じようなやり取りが街のそこかしこで行われているんだなぁ」

「寂しいなぁ。これが人間だなんて考えじゃ、割り切れないなぁ」

「コンニチハ人間?」

「サヨナラ人間?」

「生き残りに必死で、余裕がなくて、自分のことしか考えられなくなって」

「けど、諦めたくはないなぁ。こんな寂しさの方が当たり前だなんて、思いたくないなぁ」

「みんなここにいるのに、誰もここにいない」

「寂しいなぁ」
「寂しいなぁ」


思考より試行

先日、「やりたいゲームを我慢し続け、大人になって買ったら全然楽しくなかった」といったツイートをみかけた。悲劇である。我慢しているうちに、年を取って楽しむ能力(体力や集中力)がなくなってしまった。感覚が変わってしまった。やる気がなくなってしまった。ふむ、しかし、そもそもそれは本当にやりたかったことだったのだろうか?

現代社会の生活は強制と義務の連続である。学校・受験・人間関係・労働税金労働税金・・・・・・我慢するばかりの毎日。しかし人間はただ我慢し続けることができない。そこで「先延ばし」である。「これ面白そう!」と思ったら、早速やってみるのではなく、目の前にぶら下げるニンジンにする。さらには「自分は○○な人間だからきっと××が好き/向いているに違いない」などと思考してイメージ・幻想=ニンジンを創出してしまう(就職活動ではこれができるかどうか試験される)。

幼少の頃から大量の「やるべきこと」を押し付けられる社会には、色々と自由に試す余裕が存在しない。となると「やりたいこと」「好きなこと」には少ない試行で辿り着か「ねばならない」が、当然そんな簡単に当たりを引けるわけもなく、したがって「これだ!」と思い込み、それを試さず先延ばしにすることになる。「いつか○○したい」「退職したら××するのが夢」と先延ばしにし続け、いざやろうとしてみたら/やってみたら・・・・・・思ってたのと全然違う!はて、自分は一体何をしていたのだろうか?日々の苦しみに耐えるために、合う/合わない感覚よりアタマ・思考(思い込みやイメージや幻想)を優先してしまうことで、えてしてこうした悲劇が起こる。

かつて私がまだ奴隷社会に適応しようと奮闘していた頃、私は海外に大きな幻想を抱いていた。理由は不明だが、当時の「理由」としては、「自分は好奇心旺盛だから、きっと海外旅行が好きに違いない」みたいな感じだったと思う。一人で海外旅行をすれば、価値観がひっくり返るような経験ができるのではないか?海外が何かを変えてくれる。海外が灰色の毎日を変えてくれる。いつか、働いてそれなりにお金が貯まったら・・・・・・。私もまたアタマを優先して幻想を創り、日々の苦痛、延々と続く強制と義務に何とか耐えようとしていたのである。

今思えば、大学在学中に無気力になったのが僥倖であった。感覚よりアタマを優先させる生き方が嫌になったのだろう。だが当時の私にはそうした認識もなかったので、幻想に従い海外に救いを求めた。

カネを貯めるためにアルバイトをやったのも良かった。一か月弱で辞めたのだが、初めての給料の数値を眼前にしたとき、ATMを破壊したくなるような衝動にかられた。心身ともに消耗しまくって、これっぽっち!?「自分で稼いだカネ」に対する感動は微塵もなく、あったのは賃金労働に対する憎しみだけ。こんなはした金を「お給料」とか言って有り難がれ?人間を舐めるのもいい加減にしろ。たった一か月弱の経験ではあるが、この賃金労働への幻滅がなければ、「働けばどうにかなる」といった労働万能幻想に囚われていたかもしれない。

海外旅行に出発。たった十日だったが、一人での旅行。海外旅行が好きな人からすれば十日程度で、と思われるかもしれないが、私はこの旅行のおかげで他国の文化・絶景・人々・食べ物・空気などなど、どれにもあまり興味が無いことがわかった。別に好きでもなんでもなかったのである。日本に帰ってきたとき抱いたのは「もう日本の・・・・・・いや、住み慣れた地域の外には出たくない。安住したい。外出は好物を食べに行く時だけで十分」という思いだった。海外に行ったことで何かが変わったのは確かだが、それは私が思い描いたような変化ではなかった。幻想が破壊され、胸に穴が開いたような、「自分は何をしていたのだろう?」と我に返ったような感じだった。

私は毎日読書をして文章を書いてたまに好物を食べに出かける、というだけの単純な生活を送っているが、この生活に「これだ!」と一発で辿り着いたわけではない。私もまたありきたりな幻想を色々と信じ、アタマを優先させる生活を送っていた。ただ人より早く脱落し、学生だったことが幸いして色々と試行でき、幻滅を繰り返し、合う方合う方に進んでいるうちに自然とこうなっていたのである。だからこそ満足度も高いし、「合っている」という感覚が正しさへの確信にもなっている。

現代社会では幼い頃から将来の職業を「考え」させる。早期に自分の道を「発見」することが称賛される。学校・人間関係・労働・税金といった強制と義務の連続が時間を根こそぎ奪い取る。このような環境に適応する中で習得するのは、「これが自分のやりたいことだ」と思い込み、それを目の前にぶら下げ自分を鼓舞して日々の苦痛に耐える、そんなスキルである。「あれをやれば何かが変わる」、こうしたイメージや幻想で自分を駆り立てるスキルである。しかし、所詮はアタマの中の思考。自分が「○○な人間」かどうかは時と場合によるし、○○な人間だったとしても××が好きとは限らない。いくら根拠を積み重ねて論理的に思考したところで、××を好きになるわけでもない。自分が「これがやりたいことだ」と信じていても、実際にそれがやりたいことかはやってみるまでわからない。

私は海外への幻滅を通じ、自分(人間?)が幻想を強固に信仰できてしまうことを思い知った。あの時行ってなければ、私は今も奴隷社会の要請に従ってアタマを優先させていたかもしれない。試行して「好き」や「やりたい」が現実と違ったとしても・・・・・・幻滅による空虚感と無気力、それでも容赦なく畳みかけてくる義務、義務、義務。結局は明日を生き延びるため、別の幻想に縋らざるを得なくなり、欲求と一緒に破局も未来に先延ばしする。幻想から幻想へ、そして訪れる大幻滅。現実とアタマの不一致が顕在化し、自分が何をどうしたいのかわからなくなる。

負のスパイラルをどこかで絶つ必要がある。ニンジンをぶら下げて自分を駆り立てる、バラ色の幻想を創って縋る、そもそも人間に合わないことを無理やりやらされ続けるからこうしたスキルが必要になるのである。思考を優先させ続ければ大抵の人はどこかで潰れるが、義務と強制は待ってくれない。精神的に借金漬けにして逃げられなくするシステムである。このシステムには必死になって消耗してまで従う価値がないことを認識し、アタマが創った幻想を試行による幻滅で地道に潰し、合う/合わない感覚を取り戻していく必要がある。思考より試行である。


よく罪悪感を抱かずにいられるね

「君、働いてないんだってね」

「ええ」

「よく罪悪感を抱かずにいられるね」

「君、働いているんだってね」

「ええ?」

「よく罪悪感を抱かずにいられるね」

「なんだと?」

「賃金労働に従事するばかりか、働いてない人に「よく罪悪感を抱かずにいられるね」なんて、よく罪悪感を抱かずにいられるね」

「そういうことばかり言うおかしな奴だから、どこも雇ってくれないんだろうな」

「雇ってもらえないとどうなるの?」

「そんなこともわからないの?生活できないでしょ?将来困るでしょ?」

「なんで生活できないの?なんで将来困ることになるの?」

「それが現実だからだよ。働いて稼いで自立して生きる、当たり前のことだろう。まったく、現実みろよな」

「生産する技術はどんどん進歩してるっていうのに、次から次へとシゴト創って、結託して技術の開発・導入を邪魔して、まったく、現実みろよな」

「はぁ~、働いてないだけあって、感謝の気持ちがなさすぎるね。みんなが一生懸命働いてるから、今日も経済が回ってるんだよ?」

「みんなが働かなくなったら、経済が回らない」

「だろう?」

「けどみんなが働かずに経済が回るのなら、そっちの方が良い」

「だから何言ってんの?それじゃカネが手に入らないじゃない?カネがなければ誰も何も買えないじゃない?そしたら経済回らないじゃない?」

「人間抜きで生産可能なら、カネを配ればいいだけの話」

「あのねぇ、そんなことダメに決まってるじゃない」

「どうして?」

「どうして?って聞く方がどうかしてるよ」

「創出された雇用のイスを確保する競争をして、シゴトに人生を費やして、その代わりにカネを貰う、この流れが人間にとってそんなに大事?」

「働いてない人間にはわからないんだろうね」

「生産技術・知識・資源・インフラ・・・・・・これらが富を生み出す過程に無理やり寄生してカネを貰う、この流れが人間にとってそんなに大事?」

「寄生ってのはどういうこと?働いてくれてる人がいないと、経済回らないって言ったよね?」

「生産面で経済を回すのに必要な人って、実際どのくらいなんでしょう?生産過程における現役労働者の貢献分って、実際どのくらいなんでしょう?」

「だからさぁ、働く、社会に貢献する、その対価として賃金をいただく、こういう当たり前のことがどうしてわからないのかなぁ」

「働いてる人は社会に貢献したくて働いてるの?」

「当たり前だよ」

「自分よりうまくできる人がいたら、喜んで雇用のイスを明け渡すの?」

「いやね、その人にだって生活ってものがあるんだから」

「人間であれば必ず限界が訪れる。よって機械に代わってもらえるよう努め、それが実現可能になったら喜んでそうする・・・・・・の?」

「いやだから、労働者は労働者であると同時に消費者でもあるわけ。まったく、働いてない奴は社会の仕組みを何もわかってないんだなぁ」

「社会に貢献したくて働いてたんじゃないの?」

「生活が成り立たなかったら社会貢献なんてできないだろうが!」

「富は過去からの積み重ねと自然から得た資源で生み出される。その富の分配に際し、一体誰にどんな貢献をする必要があるの?向き不向きや景気の変動で雇われなかった人間をそこから排除するのはなぜ?罪悪感を抱かねばならないのはなぜ?たまたま「良いシゴト」を確保できたことでもって、創出されたシゴトをしたことでもって、「頑張った」ことでもって、独り占めと排除を正当化しようとするのはなぜ?わざわざ奪い合うのはなぜ?」

「そうやって子供みたいなこと言ってる暇があったら、少しでも働いて経験を積む方が良いと思うけどね。そのままじゃ生きていけないぜ」

「このままでも生きていけるようにすれば良い」

「あのね、そんなことしたらみんな頑張らなくなっちゃうんだよ?生活が懸かっている今でさえ、君のように大切なことを何も考えない奴が出てくるんだから」

「何も考えなくて済むならそれが一番」

「君にはわからないかもしれないけど、人間には心があるんだよ。現代社会ではね、職業がその人のアイデンティティになるんだ。仕事を通じて周囲に認められ、承認された実感を持てるんだ。わかる?ちょっと難しいかな。義務を果たさないことに対して悪いとか申し訳ないとか、ないんだもんね?あのね、仕事がないと、みんな生きていけないんだよ」

「そうなるのは私に向かって「よく罪悪感を抱かずにいられるね」と平然と言う君たちのせい。君たちが剥奪するせい」

「わかったわかった。まじめに正しく生きるつもりがないなら、好きにすれば?君みたいな人間には、何言っても無駄。誰も強制なんてしないから、ね?ただ君は将来困ることになる、これが現実ってだけでさ」

「まじめに正しく生きる人間が、まじめに正しく生きることが反社会的にしかならない仕組みを自明視し、まじめに正しく反社会的活動に人生を費やし、まじめに正しく生きるよう互いに圧力をかけあい、日々悪化し続ける大病をあえて無視し、アイデンティティだの承認だのといった詐病・仮病の問題化に耽り、今日もまたまじめに正しく義務を果たす。壊せ、殺せ、食い尽くせ、まじめに正しく、まじめに正しく・・・・・・まじめに正しく従っているだけだから、君はなぁにも悪くないのぉ。まじめに正しく生きているだけだから、君はなぁにも悪くないのぉ」

「働いてないくせに働いている人をバカにして、よく罪悪感を抱かずにいられるね」

「働いているくせに働いてない人をバカにして、よく罪悪感を抱かずにいられるね」


プロフィール

遊民

Author:遊民
読みたい本が山積みなのでニートしてます。

twitter
最新記事
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる