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間違って間違いに縋り間違い続ける

この世界は厳しい
といっても、世界が厳しくしているわけではなく
世界を裏切った当然の報いだから
「世界は厳しい」なんて単なる責任転嫁であり
そんな態度こそが裏切りの確かな証拠なのだ

中途半端に知恵をつけた存在は
その中途半端さゆえに
世界を裏切らずにはいられなくなる
他の生き物たちをみればわかるだろう
みんな中途半端さとは無縁に世界と調和して生きている

苦しい?当然さ
世界を裏切って世界から浮き上がってしまったのだから
苦しい苦しい、一瞬一瞬一呼吸一呼吸が苦しみに満ちて
苦しい苦しい、目を回して吐いて彷徨ってしがみついて
苦しい苦しい、そしてまた再生産反復拡大

中途半端な知恵は罪であり罰なんだ
なぜか?簡単さ!間違い続けるしかなくなるからだよ
世界はね、うまい具合にそういう風にできているんだ
調和する者は正しい道へ進み、裏切り者は必ず不正解の隘路へ進む
ねぇ?虚心坦懐に「自分」を省みてごらんよ

あぁ苦しいねぇ、苦しい、本当にどうしようもない、絶望的だ!
何の方針も立たない前が見えない今どこにいるのかわからない不安で孤独で耐えられないだからひたすら無我夢中に鞭打って進む進む進む進む進んでいるなんて嘘だ!ここはさっき通った五里霧中違うきっと気のせい分解空中精神集中再結集それなのに何の方針も立たないしたがってまた夢中・・・・・・したがって?間違い続けるしかない。絶望がみせる幻覚に半端者らしくピョンと飛びつき何度も何度も何度も何度も

ほんと困っちゃうなぁ、うまくできてるんだから、縋りたくなるようにさぁ
思わずピョンと飛びつきたくなるようにさぁ、飛びつかずにはいられないようにさぁ
やんなっちゃうなぁ、参っちゃうよなぁ、ほんと
「自分で選んでいる」と信じ込めるようにさぁ
ご自慢の知恵を使いたくなるようにさぁ、何度も同じように間違えるようにさぁ

「みんな同じなんだから(きっとこれで合ってるんだ)」
「みんなわからないんだから(そもそも間違いなんてないんだ)」
「みんなそうやって苦しんで生きてきたんだから(きっとこれが当たり前なんだ)」
「幸せがあるのは苦しいことのおかげなんだから(きっとこれは善いことなんだ)」
「世界は厳しいんだから(きっとこれが正しいんだ)」

間違いばかりがどんどん増えていく、本当につらいなぁ

知恵を使って複雑に思考し正解への単純な道を選べない
知恵を使って安易に短絡し正解への複雑な道を選べない
知恵を使ってあれこれ想像したのに器用に正解の道だけを見落とす
知恵を使ってあれこれ議論したのに正解の道を間違いと決めつける
同じように間違って間違いに縋り同じように間違って間違いを増やす

空々しい因果でつなわたり、けばけばしい飾りで足るを知る?
下を眺めて蜜を吸い、比較と優位の技磨く
思い出探して抱きしめて、同じ間違い繰り返す
孤独な僕が泣いたとき、孤独な君がくれたやさしさ
それでも嬉しかったんだ、ちょっと肯定できたんだ

今日も苦しいと塞ぎ込み、世界の声には耳塞ぐ
嫌な予感に首を振り、うまいお話信じ込む
止めるな息の根先延ばし、「ほんとう」を「あい」とすり替えて
地獄で営むおママゴト、腐って死んでいく心の子
ああしあわせになりたい、ほら、また未来に向かって間違いを投げる


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怖い夜が去った頃

不意打ち、全身を劈くバケツが落ちたような音
雨が欄干にカンカン当たる規則的な音
窓がガタガタ揺れる音
ビンとビンがぶつかって弾けたような音
ドアが開閉されたような音

深夜、正確な時間は判然としない
恐怖で身体が動かない、よって確認する術なし
頭ではわかっている
雨は外で降っている、音は外で鳴っている
しかし聞こえるのは頭の周り、すぐ右で、左で、前で後ろで家の中で、音が響いている

街から聞こえるサイレンは束の間の救いだ
なぜかって、サイレンは遠くから聞こえるままに遠くから聞こえるから
おかげで少し落ち着いた、小説でも読んで朝が来るのを待とう
電気をつけると、閉まっていたはずの押し入れが少し開いていた
瞬間、いつもの部屋が急によそよそしいニセモノと化し、呼吸が乱れる

思わず「わあっ!」と小さく叫び身をかわした
すぐそばに誰かの気配を感じた
頭ではわかっている
ここには自分しかいない、だから気配の源たる呼吸は自分のものだ
しかし感じるのは頭の周り、すぐそばで、隣で、上で下で家の中で・・・・・・

我々は常に「まとまり」をつくっている
無意識に膨大なエネルギーを割き、感覚感情意味記憶を今この瞬間に結んでいる
「自分」なんて「まとまり」は所詮危うい一瞬一瞬の均衡の結果にすぎないのだが
普段は気にすることもなく、「自分」という幸せな幻想に没入している
こうやって、特にこれといった原因もなく、いとも簡単にズレてしまうのに

したがって、世界は一瞬一瞬が全て特別なのだ
したがって、ある反応が意図された娯楽なる刺激など、本来不要なのだ
一見退屈な日常世界のそこかしこに、裂け目が潜んでいる、穴があいている
仰向けになって人差し指と中指でお腹をポンポン小刻みに叩いてみれば
身体がズブズブと穴に沈んでいくのがわかる

今日は何の日だっけ?うんショッピングモールに行く日
映画館一瞬で何か観てヒトの群れ顔無くゲームセンター突っ切り
大聖堂の如き吹き抜け果てしなく長い長いエスカレーター寄る辺なく
食品売り場の迷宮通り抜け駅から大学に向かい映画館のような教室真っ暗闇授業点滅
で目を覚ますとカーテンに茶色いカマキリのような虫が動いていたので外に出そうか放置するか迷って結局外に出そうと起きて起きたら起きた

カラスの鳴き声に驚いても、遠くの音は遠くで聞こえた
新聞を運ぶバイクの音、「たったこれだけしか寝れなかった」ことを意味する不愉快な音
それでも不愉快な音は不愉快な音として聞こえた
カーテンの隙間、薄明に浮かび上がる灰色の空
今こうしている間にも、どこかで誰かが死に、どこかで誰かが生まれている
濁ったままのこんな世界でも生命は循環する、淡々と、怯える私を置き去りに


中途半端な善人

某氏の2つの発言「過労死は自己責任」と「(イジメや過労で死んだ場合に備え)子供3人でリスクヘッジ」が炎上した。過労死は使用者の責任だ!強欲な経営者に殺されたんだ!子供を代えのきくモノのように扱って計算の対象にするなんて!自分の子供がその発言をみたらどう思うか考えろ!というわけである。いかにも炎上しそうな発言ではあるが、今回2つの発言を取り上げたのは批判に加わるためではなく、むしろ「この発言を批判するのはズルいな」と感じたからである。以下この感覚について説明していく。

まず「過労死は自己責任」から。ちなみに私は「過労死は自己責任」とは全く思っていない。じゃあなんで?一緒にブラック企業と自己責任主義者を批判しようよ!・・・・・・それはできない。そもそも私は「自己責任」に「企業/経営者の責任」を対立させることに、因果連鎖の一番手前にだけ意図的に焦点を合わせているような、そんな欺瞞を感じている。確かにそこに絞れば「ブラック企業に洗脳された被害者が視野狭窄して正常な判断ができなくなり働かされ過ぎて死んだ(ブラック企業が悪い)」といったそれらしいストーリーを創ることができるから。

しかしではなぜ「正常」な時に辞められなかったのか?当たり前だが、仮に「正常」でなかったのが本当だとしても、いきなり「正常」でなくなるはずはなく、そこに至るまでの日々の積み重ねがあったはずである。少なくともそれまでは常に「辞める」という選択肢はあった。つまり裏を返せば当人は「それでも辞めない」と日々選択し続けていたのである。じゃあ自己責任ということ?違う。ブラック企業に巧みに誘導されていた?違う。いやいやいや、というかなんで「生活を安定させたい(不安定な生活に陥りたくない)」と考えて雇用のイスにしがみつくことを「異常」扱いするの?世間体メンツ将来キャリア結婚しがらみ他人の期待・・・・・・そんな現実的問題を考えてしがみつくのって、極めて理にかなった正常な判断だと思うのだが。

それでも死ぬまで働くなんて?しかし考えてみてほしい。たとえばあなたの前に「身体や精神を壊してヤバイと思い過労死する前に会社を辞めたがうまく再就職できず困窮しつつある人」がいたら、どうする?「自己責任/頑張るしかない」と言って就職活動/就労支援に誘うだろう?「納得いかない待遇で再び働こうとする人」がいたら、「働くのは当たり前だから、仕方ない」と思うだろう?このような世界で「それでも辞めない(絶対辞められない)」と自分を追い詰めるのは「視野狭窄」だろうか?

被害者はこの世界における正常な判断をし続けたから死んだのであって、むしろ自分が今のこの世界で死んでないのは単に運がいいだけなのでは、と考えることもできる。というよりこう考えないと「洗脳されていた」とか「異常な精神状態だった」とか、被害者を観念的に操り人形のように想定しなければならなくなるのだから(「無茶」をしなければならなくなるのだから)、まず最初にこう考えるべきだろう。しかしなぜか多くのヒトが「無茶」をしたがる。「無茶」をしてブラック企業に全ての責任を帰属させようとする。

「子供3人でリスクヘッジ」だなんて、自分の子供を・・・・・・ちょっと待った、じゃあ「自分の“子供”」じゃなかったらいいの?「少子化で労働力=賃金奴隷が足りなくなる」はひどいと思わないの?他人の子供や大人のことは散々「そういう目(そろばん勘定・損得計算)」で見てきたよね?モノ扱いと言うけど、「子供が欲しい」はモノ扱いじゃないの?「生きる意味を感じたい」とかそういう自分中心の見方をして子供を道具扱いするのはいいの?子供が「稼げる大人」にならなかったら何て言う?ところで、「子供3人でリスクヘッジ」の何がどうダメなの?みんな言わないから?確かにひどい発言にみえるけど、本質的には大して変わらないことを日々実践しているよね?やるのはよくて言うのはダメってこと?

つまりこういう所である。過労死は自己責任じゃないけど、その前に辞めたら自己責任。「子供3人でリスクヘッジ」はひどいけど、みんな言ってるやってる「同じようなこと」は日々実践します。「死ぬまで働け」とは言ってないけど、「働かないと死ぬよ?将来困るよ?人間として終わりだよ?恥ずかしいよ?」というプレッシャーはかけます。「そういう世界」に適応し、「そういう価値観」に従って行動し、「そういう姿勢」を身に付け、「そういう目」で他人をみてきたくせに、都合よく線を引くのはズルいだろ。子供はかけがえのない存在と言うくせに、そんな「かけがえのない存在」を賃金奴隷に仕立て上げて労働界に供給し、有害無益なクソシゴトで人生をドブに捨てさせる。どこにどう線を引こうが、こんなシステムを熱心に支持し、肯定し、過労死した人や自分の子供より「そういう世界」と順応者たる自分たちを優先している、それが全てじゃないか。

自分も自己責任の重圧の一部のくせに、被害者を「異常」扱いして「ブラック企業のせいでおかしくなっていた」と企業のせいにする。自分中心に考えて子供をつくり賃金奴隷に育てようとしているくせに、「子供をなんだと思っているんだ」と批判する。これはズルい。「過労死は自己責任」も「子供3人でリスクヘッジ」も今のこの世界・システムの価値観を「そのまま」表現したにすぎない。その世界・システムに適応して価値観を内面化・実践しておいて、線を引いて某氏を「向こう側」扱いするのはズルい。そしてひどいと非難しても結局大本にある価値観を肯定し、それに従って行動し、ダラダラ地獄を維持していく。某氏の発言を非人間的と言いながら、非人間的なシステムには適応しろ!従え!と熱心に奉仕する。こういう中途半端な善人もまた「そういう世界」の立役者なのである。


敵意の先に敵は存在するのか?

狂ったようにクルクル回っているとクルクル回って狂った世界が折れて倒れて這ってハッと張って札束バシンと貼ってレッテルペタっと降り続ける黒い雨が狂ったようにクルクル回る世界を刻んだ一週間そうつまり毎日は月曜日に消えてドロドロ流動食と化したみんな労働に食われいなくなった。

そんなわざとらしい世界なんて地獄なんだから地獄に堕ちるだなんて言わないでほしいの

ヘラヘラヘラヘラ群がって
ベタベタベタベタ寄り添って
イソイソイソイソ偽って
ヒソヒソヒソヒソ裏切って
ペロペロペロペロ貪って

そんなつくりものの世界なんて天国なんだから天国にいけるだなんて言わないでほしいの

ねぇ、知ってる?
世界って、地獄って、バレたって、え!まだ知らないの?
エデンって、嘘だって、バレたって、それで逃げたって、逃がさないよ
神様戒律地獄天国
善悪道徳規範吹聴
人間歪曲洗脳遊具

人生のような太陽の熱でやけて焦げた人型コッペパンになった時から知っていた
無意味に腕をまくっては無意味に戻しながら無意味に無為な検索をするようになった時から知っていた
ガムを噛んでくちゃくちゃおしゃぶりちゅぱちゅぱ自分の指を噛んでいる大人の表情をみた時から知っていた
自分が待っている間の5分が他人にとっては単なる「5分」でしかなくしかもその違いに気づけないのだと気づいた時から知っていた
二人組になったいじめられっ子Aちゃんの媚びるような卑屈な笑顔と態度となんだこいつと思っている自分をみた時から知っていた
みんなが保護を求めて「被害者」になる競争をした結果うまく「被害者」になれるような強者が「被害者」の地位を占有した世界をみた時から知っていた

ねぇ、とっくに知ってるんだ
いい加減なことを言ってやって謳って誘って信じて慰めて
この世界に火をつけて回ってる奴らがいるってこと

言葉に囚われ無限後退、滑稽な無謬性

混乱熱狂暴力虐殺
解釈束縛現実曲解
泥沼沈没嗚呼無情

信仰に囚われ永劫隘路、滑稽な奴隷性

苦役霧中反復恍惚
臨界崩壊現実融解
依存一体嗚呼無情

それで、悪いのは、誰?

神様を使ってこの世界を地獄に変える奴ら
地獄で脅してこの世界を地獄に変える奴ら
天国で煽ってこの世界を地獄に変える奴ら
現実を騙ってこの世界を地獄に変える奴ら
善悪に縋ってこの世界を地獄に変える奴ら

それは、つまり?

うん
そんなどうしようもない世界なんだから、しあわせになれるだなんて言わないでほしいの


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Author:遊民
読みたい本が山積みなのでニートしてます。

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