穴は知っている

朝目覚めると、壁にアーモンド形の穴があいているのをみつけた。形ばかりでなく大きさもどこか眼を感じさせるものがあって不気味である。それにしてもいつからそこにあいていたのか。大学入学を機に一人暮らしをはじめて以来この部屋にはずっと世話になっているが、部屋を決める際には入念にチェックをしたし、定期的に掃除もしているので、最近になって出現したのは間違いない。

異変だと気付いたのは友人が遊びにきたときだった。ついうっかりしていて、穴を塞ぐのを忘れていたのである。友人がたまたまそちらに視線を向けたのをみて、しまった!と穴のことを思い出し、咄嗟に言い訳をはじめた。いやあ気が付いたらもうその穴があいていてねえ、と。しかし友人は要領を得ないようで、ポカンとしている。「穴なんて、どこにあるんだい?」

こうして穴の原因を特定する必要が生じたわけだ。うん、この穴が現れたのは最近だ。最初の時点で入念にチェックしたし、定期的に掃除もしている。こんな穴があったら気づくはすだ。だからこの穴は最近になって現れた、うん、間違いない。では最近何か変わったことは?ある。就職活動だ。就活をはじめて3カ月、慣れない面接をぼちぼち経験し、ストレスが溜まってくる頃。うん、これだ。原因は就活のストレス、これで決まりだろう。合点した瞬間、ケタケタと笑う声がきこえた。穴の方からだが、まさか・・・。念のため近づいてみても何もきこえない。きっと空耳だったのだろう。

ストレス解消には何が良いか?愛に決まっている。最適解は愛だ。愛する彼女に癒してもらう、これがベストだ。そこで彼女に電話しようとすると、また穴の方からケタケタ笑う声がきこえた。気のせい気のせい、そう言い聞かせて発信ボタンを押そうとすると、やはり穴の方からケタケタ笑う声がきこえた。これは空耳などではない、実際に穴が笑っているのだ。もはやそう結論づけざるを得ない。

なにがおかしい?穴に向かって威嚇してみたが、もちろん返事はない。おい、何か言ったらどうなんだ?相変わらず返事はない。ははーん、お前、女嫌いなんだな?すると穴はケタケタ笑い始めた。瞬時に頭に血が上り、爆発した。おい!もてないんだろ?もてなくて悔しいからこんな嫌がらせするんだろうが!穴はケタケタ笑うばかりで何も応えず、やがて沈黙が訪れた。

「つまんねーんだよ」穴がそう喋ったわけではない。穴はただケタケタ笑い、後は黙るだけである。しかしこの沈黙こそが、穴が全てを見透かしている証拠のように感じられて仕方がない。それゆえ憤る。恥ゆえに憤るのである。「知ってんだよ、お前がその程度のことしか思いつかないの。わかってんだよ、お前がつまんねーの」穴がそう喋ったわけではない。

穴のせいでだいぶ精神的に参ってきた。しかし苦境にあるときこその友である。「はは、就活がつらいのはみんな一緒さ。よし、気分転換にちょっとドライブにでも行こうじゃないか」車に乗り込むと、座席には人の頭ほどになった穴がいた。思わずぎゃっとのけぞる。「ははしゅうかつのすとれすとはいえかびんになりすぎじゃないか」「はは、就活のストレスとはいえ過敏になりすぎじゃないか?」友人が穴の予言?をそのまま復唱すると、穴はケタケタ笑い始めた。「ほかのだいがくのやつらはもっとたいへんなんだからそうりきむなって」「他の大学の奴らはもっと大変なんだから、そう力むなって」穴はまたケタケタ笑った。「知ってんだよ、頭ん中はみんなその程度だって。変わんねーんだよ、みんな、何も変わんねーんだよ、みんな、同じ、何も変わらない。知らないのは、みんな、だけ」穴がそう喋ったわけではない。

部屋に帰ると、穴は定位置に戻っていた。どなたか存じ上げませんが、もうやめていただけませんか?泣きそうな表情で懇願しても、人間だいの大きさになった穴は何も応えない。明日は第一志望の最終面接なので・・・す、どうか、おね・・・がい、レベルの高い・・・人たち・・・成・・・長したい・・・エリート・・・。穴はケタケタ笑い始めた。「知ってんだよ、みんな、みんな、みんな、わたしはみんな、あなたもみんな、成長しても、みんなはみんな、その実何も変わっていない、成長などしていない。争いに、勝ってもみんな、負けてもみんな、みんな、同じ、何も変わらない。みんな、みんな、みんな、みんなしかいない、みんなはみんな、みんなもみんな、みんなみんなでしかない」穴がそう喋ったわけではない。


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