夢の国の外国人観光客

「ねえ、どうして働かなくちゃいけないの?」こうした質問をする子供はもういない。人は何かをしたいと思ったときにだけ活動するようになったからである。カネによって強いられる労働は、なくなった。そして労働を知る世代がいなくなると共に、世界からは「労働」や「失業」という概念も消えていった、ある一国の例外を除いて。

かつて、人工知能や技術の急速な進歩が始まったとき、その国で活躍する研究者は興奮気味に言った。「ついに、労働者の努力を、みなさんの努力を、客観的に計測できるようになるのであります!本当の意味で、努力が報われる社会が到来するのであります!技術の進歩によって、みなさんの夢が、実現するのであります!」その国の人々が漠然と「これで社会が良くなる」と思ってなんとなく流されているうちに、この発言は確固たる指針となっていった。彼らは我々とは全く別の方向に進んだのである。

結果、「労働」や「失業」という概念さえなくなる世界的傾向にもかかわらず、この国は失業率5%を維持し続けている。見方を変えれば「世界で唯一「本物の労働者」に出会える国」になったのである。不幸中の幸い?この国は観光国として「生き残る」ことに成功した。しかし、そうして得た地位を守るため、そこに住む人々は非常に「厳しい」道を歩んでいる。

観光国として「生き残る」ため、国を挙げての観光資源開拓が行われた。「本物の労働者」とは、なにか?根源的な問いを国民的に突き詰め、ついに人々は「こたえ」に辿り着き、無形文化遺産登録の栄誉を勝ち取った。こうして「四大遺産」が生まれたのである。

その一つが満員電車。ストレスに黙々と耐えて通勤する姿が、労働者の使命感を体現するのである。観光客の大半は見学者用のスペースからその姿を眺めるだけだが、中には命知らずがいて、労働者と一緒に満員電車に乗る者もいる。大抵は20分程度で意識を失い、「みんなに迷惑をかける」ことになるのだが。ちなみに進歩した技術の利用は禁止され、労働者は毎日電車での通勤を強いられている。

その一方で、職場には次々と技術が導入された。「四大遺産」の一つ、「勤勉の精神」を表現するためである。職場には小型の超高性能センサーが張り巡らされ、労働者の表情・姿勢・脈・体温・呼吸および神経伝達物質・ホルモンバランスなどなどを瞬時に把握し、「勤勉の精神」を表現する理想値とのズレを「異常」として検知する。また、職場の人数分だけ人型の監視ロボが配置される。ロボは労働者の働きぶりを監視する役目の他にも、検知された「異常」を「改善」するための薬やエナジードリンクを労働者の元に届ける役目も担っている。ちなみにこれで「改善」しなかった場合、ロボは労働者に特製の「活力剤」を注射する。

「活力剤」の副作用はかねてから指摘されていたので、私は会社の案内役にきいてみることにした。

「その注射は、数時間の覚醒と引き換えに寿命が数日縮むことや、長期的に脳機能が低下していくことが指摘されていますが?」

案内役はきょとんとして答えた。

「そんなことより、目の前の仕事の方が大切ではありませんか?」


労働者を管理する技術の導入は進んだが、「生の体験」を重視するという国の方針のため、観光客に見られる労働者は全く保護されていない。最も気を使っている会社でさえ、マジックミラーを少し設置する程度である。この点はずっと気になっていたので、休憩中の労働者に話をきいてみた。

「あの、見られていて、気持ち悪くないですか?」

「はあ、まあ、最初は気持ち悪かったけど、もう慣れました。外国の人に喜んでもらえて嬉しいですし、仕事にもやりがいが出ます」

この応対の何がどう作用したかわからないが、私は反射的にこう質問していた。

「あなたの仕事は、この巨大なシステムの中で、どんな意味を持っているのですか?」

彼が驚いた表情で見返してきたので、私は慌てて言葉を継いだ。

「いや、つまり、なんというか、実は仕事は全て機械が裏でやっている、といった可能性を考えたことがありますか?」

彼はうつむき、力のない声で呟いた。

「そんなこと、考えたこともなかった・・・・・・」

しばしの沈黙の後、ハッと気づいた彼は自分に言い聞かせるように言葉を続けた。

「しかし、何かの役に立っていることは確かでしょう。だって、給料を貰っているのですから」


この国の街を歩くと、いたるところでリクルートスーツの人々をみかける。シューカツ生である。「厳しい社会の入り口」としてシューカツも無形文化遺産に登録され、「四大遺産」の一つとなった。シューカツ生は労働を求め、ひたすら会社の門を叩き続ける。終わりの見えないイニシエーションをやり遂げた者だけに、一人前の労働者への道が開かれるのである。極めて重要な意味を持つこのイニシエーションを保持するため、シューカツへの技術の導入は禁止されており、いまだに人と人との面接が行われている。私は運よく面接帰りのシューカツ生と話すことができた。

「シューカツは大変ではありませんか?」

「大変だなんて言ってられません。人は働いて食べていかねばならないのです。それに、私はまだ500社しか落ちていませんが、友人には1000社落ちた人もいるのですから」

私は失礼を承知しながらも、問わずにはいられなかった。

「他の国では「労働」という概念自体がなくなっているのに、この状況はおかしいと疑問を抱かないのですか?」

彼女は運命を甘受した者の如くこう答えた。

「外国は外国、私たちは私たち」


この国の街は昼夜を問わず喧騒に包まれている。怒鳴り声。喚き声。クレーマーや迷惑客の声である。連中は「過酷な環境」を提供して労働者の「成長」に貢献している功績が認められ、無形文化遺産に登録された。つまり「四大遺産」の最後の一つになっているのである。そのため現場への技術の導入は限定され、いまだに人が最前線に立ち、クレーマーや迷惑客との格闘を繰り広げている。私も買い物をしているとき、以下のような場面に遭遇した。

「おい、どういうことだ!外国にいったときは、このカード持ってりゃ自動で会計してくれたぞ!」

「お客様、大変申し訳ございませんが、当店ではそうした仕組みを採用しておりませんので、お客様の行為は万引きということに・・・」

「バカヤロー!!万引きなんて犯罪が残ってるのはこの国だけだ!!お前、こんなことでオレを犯罪者にするつもりか!?」

私はお会計の際に店員に尋ねてみた。

「こうしたことばかりで、つらくないのですか?」

店員は何事もなかったかのように落ち着いて答えた。

「給料を貰っているので」


この国では「働いて食べていく」という表現がよく使われるが、かといって労働者はカネのために働いているのではない。給料のために働いているのであり、同時に給料を貰っているから働いているのである。「給料」は「カネ」ではない。「カネ」以上の意味を持った神秘的な概念である。たとえば「給料を貰っているからきっと役に立っている」とは言えても、「カネを貰っているからきっと役に立っている」とは言えない。「給料を貰って食っていく」ことは善であり、「カネを貰って食っていく」ことは悪である。「給料を貰っているから」理不尽を我慢することが当たり前になるのであり、「カネを貰っているから」そうなるのではない。「給料」に何か大きな秘密があることは確かなのだが、その秘密は勤勉な労働者たちにしかわからないのである。

外国人観光客はある種の境地に達しているこの国の人々を見て、口々に称賛の声を上げる。
「キンベンの精神、憧れます」
「私はこんな努力できませんよ」
「これがサトリですね」
しかし、観光客のリピート率は驚くほど低い。それもそのはず。外国人観光客は称賛の後こうも言っているのだ。
「この観光以上に戦慄することは、私の人生できっともうないでしょう」
「好奇心から訪れましたが、ここは軽い気持ちで来ていい場所ではなかった。後悔しています」
「絶望・・・そう、これこそが「絶望」の意味に違いありません」
中には涙を流し、取り乱す者もいる。
「そんな・・・そんな・・・こんな悲しいことが・・・いや、みなさん喜んで・・・でも・・・でも・・・ああ・・・もういい・・・もう十分です・・・早く、早く帰りたい」

こうした反応を伝えてみても、観光名所の一つであるX社の担当者は非常に前向きであった。

「私たちはまだまだ労働力を引き出せますよ。センサーを増やし、監視ロボを増やし、薬も増やし、笑顔・挨拶まで徹底する。「勤勉の精神」をさらに高める。有り難いことに、技術の進歩は目覚ましいですからね。この新薬なんて凄いですよ、睡眠なしで200時間集中力を維持できます。さらに今開発中のナノロボット、あれは本当に素晴らしい。少しでも労働から関心が逸れたらたちどころに検知し、即座に修正してくれるのです。ははは、任せてくださいよ。今以上に活力のある職場をつくり、必ずや外国人観光客のみなさんの期待に応えてみせますから」


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