「病んでる」ってなぁに?

「はじめまして。職場の人たちから「病んでる」との批判らしきものが絶えず寄せられるため、本日は相談させていただきたく参上しました」

「なるほど。職場の方たちとうまくやっていくため、病んでる状態から脱却したいということでしょうか?」

「いいえ、今のままでうまくやっていきたいのです」

「病んでるという自覚は?」

「あります」

「それなのにどうして病んでる状態から脱却したいと思わないのですか?」

「人間として生きたいからです」

「それはどういう?」

「そもそも「病んでる」と何が困るのですか?」

「何がって・・・・・・批判されるということは、職場のみなさんが何かしら困ってらっしゃるということでしょう。つまり、病んでることでみなさんに迷惑をかければ、お仕事に支障を来すわけで」

「なぜみんなは眠い目をこすって起きたくもない時間に起きるのでしょうか?なぜみんなは申し合わせたように同じ時間に電車に乗って苦しむのでしょうか?なぜみんなは興味の欠片もない業務をこなし続けるのでしょうか?なぜみんなは下げたくもない頭を下げるのでしょうか?なぜみんなは残りたくないのに会社に残るのでしょうか?」

「あのね、それが社会でやっていくってこと、働くってことなんですよ」

「私は「人間」として生きたいのであって、「労働者」として生きたいのではないのです」

「はあ、そういうことをおっしゃるから、病んでると批判されるのでは?」

「確かに私は「病んでる」のでしょう。ただし、それは労働者としてであって、人間としてではない」

「どういうことですか?」

「幼少の頃から「教育」され続けるからでしょうか。みんな知らず知らずのうちに人間であることを忘れ、労働者と化してしまうのです」

「なるほど、確かに病んでる。あなたは色々と気にしすぎなんですよ。今の仕事としっかり向き合い、周囲からも認められるようになれば、そうした考えもなくなりますよ」

「人間は 本来世界と一つであった
それなのに どうしてわざわざ切り離す?
手にしたものといえば 
「個人主義」なる名目の 孤立と無縁と孤独のイズム
「自己」なる空虚な概念に 生存と承認の絶えざる欠乏
こうして人は「労働者」と化した」

「これはまずい、非常にまずいですよ。まさに認知の歪みと言わざるを得ない。労働者のことをバカにするどころか、何か訳の分からない存在であると信じ込んでしまっている。よくない、よくないですよ。人は働いて、社会に参加し、認められ、それで生きていくものなのですから」

「労働者として歪んだ認知は、人間として正しい認知。労働者として「病んでる」ことは、人間として正常な証」

「認知の歪みがもたらす過大なストレスによって視野狭窄に陥り社会規範から逸脱した二分法に囚われ周囲をも巻き込み批判が寄せられこの段階に至ってようやく「病んでる」との認識に到達し治療を決断したと」

「やはり労働者にならないとやっていけないのでしょうか?」

「気になるのは、あなたが自分のことしか考えていないことですね。みんなの気持ちも考えずに、そうした自分勝手な思想に囚われ、みんなに迷惑をかけている。ここまで逸脱した思想に染まってしまいますと、あなたが意識しようがしまいが、一生懸命働く人が不愉快になるような言動を自然ととってしまうのでしょう。ですから、そうした歪みを正し、働く喜びを素直に感じられるようにならないといけません」

「なぜ人は仕事があると喜ぶのでしょうか?」

「仕事があるのは善いことだからです」

「仕事があるということは誰かが欠乏してるってことですよね?」

「その欠乏を満たして差し上げるのが仕事ですよ?これ以上喜ばしいことがありましょうか?」

「欠乏がないのが一番善いのでは?」

「そうなったらみんな生きていけません」

「常に誰かが欠乏して苦しんでいないとみんなが生きていけなくなるのですか?」

「そうやってネガティブな見方をする。わかりますか、それこそが認知の歪みなのですよ」

「人間であれば他人の欠乏を「満たしたい」と思う。労働者であれば「誤魔化したい」と思う。人間であれば他人の苦しみを「癒したい」と思う。労働者であれば「機会にしたい」と思う」

「さて、まずは仕事での成功体験を思い出してみてください。働いていて「やりがい」を感じたことはあるでしょう?そのときの純真なあなたに戻るのです。みんなと協力して、きついけど楽しい。みんなに認められて、嬉しい。そんなエピソードをここに書き出してみましょう」

「生活リズムは労働が決める。今日何をするかは労働が決める。他人との関係は労働が決める。過去も未来も労働が決める。世界から切り離された「自己」の核となるのは、「人間としての自分」ではなく「労働者」。身も、心も、魂も、思考も、「労働者」に合わせよ。「労働者」に委ねよ。「労働者」に没入させよ。そして「労働者」と化せ。労働に奉仕しない思想・信条・行動は悪だ。労働のために人間としての感情を押し殺せないことは悪だ。けれど、私は、人間として善でありたい」

「それなら立派な労働者になるしかありませんよ」

「みんなそう言って、私を「労働者」に押し込もうとする」

「みんなあなたのことが心配だからですよ」

「どうして心配なのですか?」

「そのままでは社会でやっていけないからです。つまり、あなたが将来困ることになるからです」

「将来困らないためには労働者になるしかないのですか?」

「当然でしょう」

「獄卒が」

「被害妄想です。だって、みんな本心から心配しているはずですから」

「人間でありたい者を労働者に変えることは、人間として善いことなのでしょうか?」

「治療がうまくいけば、もちろんあなたも嬉しいし、職場のみなさんも嬉しい。それで私も嬉しい。これが善いことか悪いことかは、みんなに聞けばわかります」

「タダで人を助けることは、労働に奉仕しない無駄だから悪。人の死を「仕方ない」で済ませることは、労働に奉仕する切り替えだから善。経済的理由で人が死ぬことは、「自分じゃなくてよかった」と労働意欲を高揚させるから善。労働者に従い、善悪は労働に委ねよ」

「働くことに対していつまでもネガティブでいたら、前に進めませんよ」

「人間を殺し、労働者にする。人間としての罪は、しかし労働者としての善なのである。人間としての善は悪と裁かれるか、あるいは偽善と罵られ、悪は善と称賛される。それでも、人間として、せめて人間として・・・・・・アハハハハハあぁ、あぁ」

「なに?なに?一体どうしたの?」

「たのしいな たのしいな 人間殺すの たのしいな
 うれしいな うれしいな 人間死んで うれしいな」

「やめなさい!」

「そうでしたね、立派な労働者はちゃあ~んと人間のフリができなきゃぁいけない。
 くるしいな くるしいな 人間殺すの くるしいな
 かなしいな かなしいな 人間死んで かなしいな
アッハッハー」

「入院だ!独善的な妄想の世界に引きこもっていて、何をしでかすかわからないぞ!」

「みんな 泣いている」

「いいですか、認知の歪みによるストレスが思考を蝕み、そうした妄想を生んでいるのですよ。みんな泣いてなんかいない、みんな笑っています、笑って生きているのです」

「目に涙をためると 世界がボンヤリみえる
 涙の膜が心をちょっとだけ守ってくれるから みんな泣いている
 人間のみんなは泣いている 労働者のみんなは笑っている
 ボンヤリした世界に 成長と充実を見出して
 嬌声をあげ 跳ね回る
 人間のみんなは 泣いている」

「鎮静剤をはやく!」

「人間を労働者に変えることが善か悪を為したくないと思うことが悪か傷つけ合い殺し合いで毎日が充実しているか他人の痛みを機会と喜べることが正常か他人の不幸を優越と笑えることが正常か人間としての終わりが誇らしい成長か「病んでる」と茶化してへらへらへらへら笑って矛盾から逃げ回ってんじゃねぇよトチ狂った人間モドキ共がぁぁぁぁぁ」

「大変だ!人間をニセモノと思い込む妄想が出現したぞ!」

「さあさあ みなさん ご一緒に!
 我が内なる「労働者」様から賜りました有り難きおまじないにござります!
 
心を殺せ 心を殺せ
 
心を殺せ 心を殺せ
 
こ こ ろ を こ ろ せ」

「だ、誰に向かって言っているの?」

「貴様に言ってんだよ、おい
き さ ま にいってんだよ」


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