存在

仰向けになって目を閉じると 世界を遮断した暗闇が広がるから
懸命に 手探りで 宙に浮く自分の眼を掴み 瞳を覗き込むんだ
裂け目からの誘いに戸惑う間もなく 背中から落ちて
辿り着く先は 本当の世界

Aは何もない空間を歩いていた。いつ、どうやって、何がきっかけでここにきたのかはわからない。気が付いたときには、既にこの空間を歩いていた。特に驚きはない。こうなることは、なんとなく最初からわかっていた気がするから。

前から誰かが歩いてくる。不安と緊張、が、すぐに安心へと変わり、そのまま強者が弱者に対して抱く優越感を呼び起こした。あれは・・・・・・Bだ!かつていじめていたBだ!Aはまた軽くいじめてやろうとBに声をかけた。

悪いのは 誰かを踏みつける卑怯者じゃなくて うまくできない間抜け者
楽なのは みんなでうまくやる方じゃなくて 誰かを踏みつけてしまう方
優劣 上下 権力 支配
秩序 不信 収奪 保身
刹那的かつ微小な快楽をもたらし
欺瞞的かつ狭小な平和をもたらす
代償として 負に侵され腐食する
ただそれだけの存在

Bの顔を近くでみて、Aは不安になった。Bはニヤニヤ笑っていたのである。媚びと卑屈さが滲み出たお得意の表情、この期待に反して、Bはニヤニヤ笑っていた。

「やあ」

「やあ、Aサン、久しぶりだね」

「うん。ところで、昔と違って随分自信がついたように見えたけど、今は何をしているの?」

「エヘ、エヘへ、未来への希望を欠片も持つことなく、負け組として、ちゃんと無様に生きているよ」

「そ、そう・・・・・・あ、今急いでるから、またね」

「エヘへ、Aサァン、イケてるよぅ」

「え?あ、そう、ありがとう・・・・・・それじゃ」

「エヘへ、Aサァン、優秀だよぅ」

「わかった!昔のことは謝る!君に酷いことをして本当に申し訳なかった!実はずっと後悔していて、もっと早くに謝りたかったんだ」

「エヘへ、けど、Aサン、逃げようとしてたよ?」

「いや、それは・・・」

「ヘタクソキモイヘンノロマバカコミュショウテイノウ・・・・・・楽しいなぁ、エヘへヘヘ、本当に楽しいなぁ」

「頼む、恨まないでくれ!」

「恨む?そんなことするはずないじゃない?エヘへ、だって、ボクは存在だから」

Aが困惑していると、別の誰かがこちらに向かって歩いてきた。あれは・・・・・・Cだ!今付き合っているCだ!Aは救いを求めてCに声をかけた。

性欲の大地に 孤独の恐怖が種をまく
虚無と虚栄が肥料を施し 執着が日の光を浴びせると
醜く育つその花は 恋愛
デートにケンカに贈り物 本気プレイのドラマゴッコ
好き? 愛? リッチなディナーも思わず噴飯
一人はとっても寂しいの 空しい日々はもう嫌なの
他の奴らには負けたくない 誰にもバカにされたくない
好き? 愛? 嘘丸出しのレトリックで同族に釣られ
心を侵す価値観で染め合い 悦に入る
ただそれだけの存在

Cの顔を近くでみて、Aは裏切られたような気がした。Cはニヤニヤ笑っていたのである。自信と上品さに溢れた美しい表情、この期待に反して、Cはニヤニヤ笑っていた。

「どうしたの?」

「別に、どうも?」

「じゃあなんで笑ってるんだよ!」

「怒鳴らないでよ。別に、なんだっていいでしょう」

「いや、でも・・・」

「ふぅん、こんな知り合いがいたんだ」

「え?ああ、うん、こちらBさん」

「ゴミクズだね」

「エヘへ、どうも、はじめまして」

「うまくできないのに、蔑まれたくなくて頑張って、どうしようもなく滑稽。プライドが邪魔して支配されるだけの存在であることを受け入れられず、頑張って、頑張って、頑張り方もわからないくせに何とかしようともがき続けて、ようやく諦めて卑屈になったらなったで、支配と迫害はひどくなるばかり。ただ傷口が広がっただけでした」

「エヘへ、仰る通りでごぜぇます」

「ちょっとそれはさすがに・・・」

「それに比べて、Aサンはどんなに低く見積もっても平均以上」

「エヘへ、仰る通りでごぜぇます」

「やめてくれよ、なんなんだよ」

「ねえ、Aサン、相手を好きな理由を言葉にするのがどうして滑稽なのかわかる?」

「滑稽だなんて、何言ってんだよ!」

「全部嘘だから」

「エヘ、エヘ、大変勉強になりますです」

「理由なんて、相手側を探しても絶対にみつかりっこないのに、それをわかったうえであえてやって、嘘の理由を捻りだして、喜んでる・・・・・・フフ、フフフフ」

「お前ら何を企んで・・・」

「この世界の存在なんて、どこまでいっても、次にしてくることもわからない不気味な何かでしかないのに、それを「好き」だなんて・・・・・・楽しいねぇ、フフフ、本当に楽しいねぇ」

「わかった!何か悪いことをしたなら謝るから!」

「謝る?そんな必要ないじゃない?フフフ、だって、私は存在だから」

Aが怯えていると、別の誰かがこちらに向かって歩いてきた。あれは・・・・・・Dだ!将来Aのもとに生まれてくる予定の子供、Dだ!Aは寄る辺を求めてDのところまで走っていった。

優先するのは 現実よりイメージ
大切なのは 誰かの未来より自分の現在
与えるのは 愛情に似せた愛情
ねじれよじれて生まれるものは
性欲の大地 孤独の種
虚無と虚栄の肥料 執着の光
醜く育つその花は・・・・・・
夢を夢と貪り合い 永遠に繰り返す
ただそれだけの存在

Dの顔を近くでみて、Aは失望した。Dはニヤニヤ笑っていたのである。童心と好奇心に満ちた子供らしいかわいい表情、この期待に反して、Dはニヤニヤ笑っていた。

「何を考えているんだ!」

「なにが?」

「その笑いはなんだと言っている!」

「へヘヘ?」

「こいつ・・・」

「オヤオヤァ?あっち系の存在がいるぞぉ?」

「おい!この人はBさ・・・」

突然DがBに襲いかかり、Cもそれにつづいた。Aは呆気にとられてその光景を眺めている。CとDはBに噛みつくと、肉を引きちぎり、くちゃくちゃと咀嚼してペッと吐き出し、暴行を続けた。Bはボロボロになり、血まみれになっても、エヘ、エヘ、と笑っている。

「へヘヘ、オラ!オラ!」

「エヘ、エヘ、楽しいなぁ・・・・・・楽しいなぁ・・・・・・」

「ゴミクズはね、フフフ、自意識が強すぎるんだよ!わかる?妄想の自分ばかり肥大させて、プライドばかり高くて、現実のちっぽけで惨めな自分と乖離するばかり!バカだから自分の立場を受け入れられない、自分の立場を受け入れないからバカであり続ける、自業自得!」

「ヘヘヘ、お前は何の取り柄もない、ただ思うまま気の向くままに手足もがれ心なぶられるだけの存在なんだよ!」

「エヘへ、仰る通りでごぜぇます」

「やめろ!もうやめろ!いい加減にしろ!」

BとCとDはピタッと動きを止め、数秒、Aを凝視していたが、誰からともなく笑いはじめ、その笑いはすぐに爆笑の渦へと変わった。

アーッハッハッハッハッ!

「笑える笑える笑えるぞ!この世界に散々、参加、しておいて、今更?今更、充実、から逃げますかぁ?」
「子供から大人まで、毎日やってることじゃない?大人になって、ちょっと上達したからって、そんなこと言う?ただそれだけの存在だってことは、Aサンもよくわかっているでしょう?ね、ほら、ちゃんと存在を全うしてくれなきゃ、みんな困っちゃうんだ」
「悪いことはやめようってか?笑わせんじゃねーよ!参加者のくせにさぁ」

「なんなんだよ、なんでこんなこと・・・」

「なぜなら存在だから。ぐっちゃぐちゃに潰されて、忘れ去られる、ただそれだけの存在」
「なぜなら存在だから。手をつないで、一緒に踊ってるフリをする、ただそれだけの存在」
「なぜなら存在だから。キャッキャッと笑って、ママゴトに付き合う、ただそれだけの存在」

「ヘヘヘ、今更人間ヅラだなんて、ズルいよ。許さないよ。ここに存在した時点で、て・お・く・れ、取返しなんてつかないんだから」

「フフフ、こんな存在、所詮は肉の塊じゃない?人格?尊厳?そんなもんいつも通りさっさと踏みつぶせよ!・・・・・・だったらさ、もっと洗練されたやり方で・・・・・・そう、この存在を意識から外して、たくさん踏みつけてやる?うん、初めからそうすればよかった。そうだよね、こんな存在、あえてAサンの意識にのぼらせてやる価値もない。無意識に踏みつけられるだけの存在。だって、Aサンの方が「優れている」のは事実だもんね?事実!事実!事実!ねぇ?事実!!その自覚を陰で支えるだけの存在。意識することもなく、影を踏んで!踏んで!踏みつけて!ねぇ?これなら誰も血を流さないって・・・・・・フフフ、本当に?」

「エヘ、エヘ、配置された存在として、みんな世界の掟に従って全うしているだけ・・・・・・ささ、楽しんでくださいよ。今は・・・・・・いや、ボクという存在は常に・・・・・・あ・・・・・・」

「あ」
「あ」

Bの眼から一滴の涙がこぼれ落ちると、瞬く間にBの全身は炎に包まれ、灰と化し、風に乗って空高く昇り無数の星になった。その一部始終をボンヤリ眺めるCをみて、Dは目ざとく気づいた。

「触れてしまったのだ!」

Cの身体から何本もの黒い光の糸が飛び出たかと思うと、Cは包み込まれ、同化し、老いさらばえた姿となり、そのまま腐敗して液化し、川となった。

「お~ヨチヨチ、ヨチヨチ、撫でて、舐め回して・・・・・・これが愛情?・・・・・・楽しいなぁ、ヘヘヘ、本当に楽しいなぁ」

Dの身体は凍りつきながら炎に包まれている。

それでも 風の音は 綺麗

Dは唄を口ずさみ、うなだれながらも凍りついた眼でジッとAを見据えている。

それでも 川の流れは 綺麗

溶ける身体はみるみる蒸発していく。

それでも 星の色は 綺麗

Dの身体は蒸発し、後には凍りついた眼球だけが宙に残された。Aがその眼球を掴み、瞳を覗き込んだ瞬間、眼球は破裂し、Aの眼に突き刺さった。ウフ・・・・・・ウフフフフ・・・・・・、ニヤついた口から笑いを漏らさずにはいられない。恥ずかしい、けれど、みている者も聞いている者も、誰もいない。エヘ、エヘ、フフフ、ヘヘヘ、ウフ、ウフ、アーッハッハッハッハッ!存在に飢えたAは、誰かの笑い声が響き続ける空間を、再び歩き始めた。

一歩踏みだしたら もう戻れない不可逆的変化
一度歩きだしたら もう戻れない一方通行
いつから惨め? とっくに惨め(笑)
業を背負って歩いたところで 進む先には何も無く 振り返っても何も無い
それでも それでも それでも それでも・・・・・・
ただそれだけの存在

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