偉大なる進歩に、乾杯

パーティー会場にはたくさんの人が集まっている。老若男女種々様々な「労働者」たち、そして・・・・・・。盛大な拍手に迎えられ、男が一人入場。どうやら彼が本日の主役らしい。彼は舞台中央に進み出て、「代表者」と固い握手を交わす。「代表者」は満面の笑み、彼は無表情。拍手がやみ、会場が静寂に包まれ、「代表者」の挨拶が始まる。

代表者「みなさん、我々は、全人類は、苦難と野蛮の時代を生きていました。いわれなき差別と迫害を受ける少数者の存在を無視し、蔑ろにし、時には陰に陽に暴力に加担してきたのです。少しの努力と少しの寛容で、同じ仲間になることができるのに・・・・・・我々は考えることをやめてしまった。彼ら彼女らの表面しか・・・・・・いや、表面さえみようともせず、一方的に決めつけ、多くの人生、可能性を、奪ってしまったのであります」

罪悪感のせいか、会場からはすすり泣きの音が聞こえてくる。

代表者「しかし!我々は!変わることができる!歩み寄ることができる!分かり合うことができる!そしてなにより・・・・・・なにより!一緒に働くことができる!!みなさん、我々は大いなる試練を乗り越えたのであります!野蛮を克服したのであります!さあ、この記念すべき日を祝おうではありませんか!我々はもう無駄な血を流すことはない・・・・・・共に生きましょう、同じ「労働者」として・・・・・・。偉大なる進歩、先天性無業者支援法の成立に、乾杯」

会場は拍手と歓声に包まれる。みんな笑顔で手を叩き、中には感極まって泣き崩れる者もいる。しかし、当の本人すなわち「先天性無業者」の彼だけは、歓喜する人々を冷ややかな目で眺めていた。

解説を生業とする者「「先天性無業者」とは、生きるためにお仕事をさせていただく、この人間的精神を著しく欠いた「障害者」の総称であります。つまり生まれながらに労働に向いていない者たちであります。一応「生まれながら」ということになってはおりますが、実際の所はまだよくわかっておらず、就職後に「障害」が見つかるケースもあります。一度「先天性無業者」と診断されてしまえば容赦のない差別や諸々のハラスメントが付いて回り、そのせいで多くの「先天性無業者」が自殺あるいは差別に起因する病による死に至ったのであります。が、先天性無業者支援法が成立したいじょう、それはもう過去の話。我々は困難を乗り越えたのであります。彼ら専用の就労支援、職場定着をサポートする専用の支援・相談機関、彼らを雇う会社には一人毎に月100万円の補助金が支給される。これで彼らも我々「労働者」の仲間になったのであります」

「先天性無業者」の彼がシャンパンの入ったグラスをクルクル揺らしながら、フッと笑うと、会場に緊張が走る。

彼「そうかそうか、オレも、働いてお給料をいただく、そんな普通の生活が送れるようになるってわけかい・・・・・・フフフ・・・・・・ありがたいね。ところで、オレがそうさせていただくためのカネはどこからくるんだい?税金かな?」

労働組合員「わはははは、君は我々「労働者」の仲間になるんだから、これからはそんなこと気にしなくてもいいんだよ。しかし、あえて言うなら、そのカネは君の仕事から生まれる、と言えるのではないかな」

彼「「オレの仕事」からカネが生まれるなら、これまでのオレたちに対する扱いは何だったんですかね?カネが生まれるのに、わざわざ差別してたってこと?それで、どうして今更その差別をやめよう、支援しよう、なんて話になったんですかね?」

上級労働者「まあまあ、今日は記念すべき日なんだから・・・」

彼「あなた方の高給と福利厚生のカネは、どこから?非正規の給料ピンハネ?下請けイジメ?税金補助金?価格上乗せ?売り上げ?その売り上げの源は・・・・・・ああ、申し訳ない、オレはあなた方と違って無能なのでもう忘れちゃってましたよ、いけないいけない、「シゴト」でしたね、うん、「シゴトからカネが生まれる」んだった」

支援者「やめなさい!あなたは我々「労働者」の仲間になるのですから、いつまでもそういう妄想に囚われてちゃいけない、ね?我々はあなた方も働きやすい職場を作れるよう精一杯努力しますから、あなたも・・・」

彼「ええ、もちろんオレも精一杯努力させていただきますよ。なんせ、今の世の中下らない仕事は全て機械がやってくれるので、人間はそういった創造的なおシゴトに専念すべきですからな。ハハハ、シゴトのためのシゴト、無駄なおシゴト・・・」

人々は絶叫して彼の発言を遮る。

ム ダ ナ シ ゴ ト ナ ン テ ナ イ ! ! !

代表者は慌ててみんなに向かい問いかける。

代表者「労働の本質的要件とは何か!?」

労働の本質的要件とは、賃金でありますっ!!

人々はさっきまで談笑していた者たちと手を繋いで小さな輪をつくり、グルグル回転しはじめる。いくつもの雇用の銀河が誕生し、会場は大宇宙へと変貌を遂げ、その中心にはいつの間にか「賃金」が鎮座している。彼は彼を「支援」する関係者たちに取り囲まれた。ここに新たな雇用の銀河が誕生し、みんなで賃金の恩恵を受けるのである。人々はその「力」に従って回転しながら移動し、「権利!」「誇り!」「安心!」「安全!」「生きがい!」「承認!」「義務!」と口々に唱えている。すると、中心に鎮座していた「賃金」が光り輝く太陽へと変わり、賃金エネルギーが人々を優しく包み込む。人々は手を放し、再び手を繋ぎ、手を放し、また手を繋ぎ・・・・・・やがて無数の小さな輪は巨大な一つの輪へと姿を変えていく。

これぞまさに大団円!大宇宙の法則ここに顕現せり!

賃金エネルギーを吸収した人々は「賃金!」と高唱すると、スーツを纏い聖なる星戦士へと変身を遂げ、互いが互いの手を握る力を強めた。

お前を絶対逃がさない、だから私も逃がさないで。

大宇宙との合一を達成した人々は恍惚し没我しその回転速度を上げるが、目からはなぜか涙が溢れている。

解説を生業とする者「つまり、これが生きるということなのである」

しかしそんな中、彼だけが輪の外でキョトンとしており、思わず口を挟んでしまう。

「泣くぐらいなら、ベーシックインカムでいいじゃないですか」

人々の動きがピタリと止まったかと思うと、次の瞬間には絶叫が大宇宙を鳴動させていた。

イイイイイヤアアアアア!!!

人々がバラバラになり大宇宙は混乱に陥る。理性を失った群衆はブヒイイイイイ!!と雄叫びを上げながら、必死の形相で駆け出した。雇用のイス争奪戦が始まったのだ。何とか自分の生存を確保しようと、人々は身体をぶつけ合い、押し合い、殴り合い、踏みつけ合い・・・・・・イスはすぐ埋まってしまった。イスから引っぺがされた者が大宇宙の壁に衝突すると、ベリッという音と共に暗幕が裂け、あれよあれよという間に「大宇宙」が崩壊し、労働市場が姿を現す。化けの皮!が、時すでに遅し。イスを確保できなかった者たちはアパ・・・・・・アパ・・・・・・アパパパパパと泡を吹いて痙攣しそのまま息を引き取り、精根尽き果てた者たちはブヒィと一声弱弱しく泣くとイスの上でピクリとも動かなくなり(すぐにどかされイスには喜んで別の者が座った)、「未来」を悟った者たちは次々と首を吊っていった。しかしここで彼が混乱に乗じて太陽たる「賃金」に近づき、あろうことかそれを爆発させてしまう。

代表者「こ、こ、この世の終わりだー!!」

ア~~~~~レ~~~~~!

・・・・・・太陽の爆発から大量のカネが発生し、人々に遍く降り注いだ。ポカンとする人々が会場の外に目を向けてみると、この混乱などまるで無かったかのように、機械が淡々とモノを生産している。

代表者「こ、こうなることは最初からわかりきっていた!みなさん、我々は大いなる試練を乗り越えたのであります!野蛮を克服したのであります!さあ、この記念すべき日を祝おうではありませんか!我々はもう無駄な血を流すことはない・・・・・・共に生きましょう、同じ人間として・・・・・・。偉大なる進歩、ベーシックインカムの成立に、乾杯」

会場は拍手と歓声に包まれる。みんな笑顔で手を叩き、中には感極まって泣き崩れる者もいる。しかし、彼だけは、歓喜する人々を冷ややかな目で眺めていた。


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