「終わった関係」の始まりの終わり

「久しぶり」

「うん、久しぶり」

「待たせたかな?」

「いや、全然」

「うん、ごめん」

「いや、全然」

「元気だった?」

「うん、一応・・・・・・そっちは?」

「うん、一応・・・・・・」

「・・・・・・」

「何してたの?」

「え?」

「いや、ほら、最近・・・・・・」

「ああ、そっちか」

「そっち?」

「今何してたのってことかと」

「ああ、そっちじゃないね」

「微妙だよね、この感じ」

「微妙?」

「たまらないっていうか」

「何をしても、何を言っても、かみ合わない」

「そうそう・・・・・・って、かみ合った、アハハ」

「何もしなければしないでずれる一方なんだけど、何か言ったら言ったでもっとずれる」

「実際は最初からあったずれが露わになっただけだから、何をしようがしまいが同じなのにね。割り切ることができず、もがかずにはいられない、それがニンゲンってことかな」

「ねえ、なんとかならないかな?直せるところがあったら・・・・・・なんてね、ハハハ」

「お互い直感的に「終わり」とわかっているのだけど、いくつもの打算が働いて、そうやって繕おうとする。無理とわかっているくせに、それでも言葉や気迫で覆そうとする」

「無理ってことだけでなく、地獄泥沼ってこともわかってるよ」

「フフフ、直感を覆そうとする時点で、ねぇ」

「そもそもなんでこうなったんだろう?」

「「こうなる」とは?」

「そもそもの始まりから、今こうしていることまで」

「範囲が広すぎ、けど「終わった関係」には相応しい問いだね。なんせ、「終わった関係」は余すところなく無意識の打算に支配されているんだから。フフフ、終わっているのに続いている、なぜ?ねぇ、どこが好き?結婚は?あ~あ、世の中、こんなのばっかり。終わっているから、そういう意味や理由を求めるのに・・・・・・フフフ、つまり・・・」

「うん、そもそもの始まりから、始まる前から、関係は終わっている。自分や状況の中にもう既に意味や理由があるから・・・・・・夢とか将来の計画とか周囲の目とか、プライドとか焦りとか孤独とか、子供できちゃったとか・・・・・・ハハハ、自分の都合か、現実の重圧」

「世界にあるのは「自分」だけ、これじゃ関係なんて結べやしない。期待や達成感や安心感で互いに一瞬だけ誤魔化して、魔法が解けて直感が戻ってきたら、あれ?ってなって、続ける意味が残っていれば繕うし、ないなら、また・・・・・・今まさにこの真理に直面しているわけで、よ~~っくわかりましたって感じ?」

「自由恋愛バンザァイ」

「始まりから終わっている自由なゲーム、これってそんなに面白いものかな?」

「お互い傷ついたこともあったけど、その分成長もできたんじゃないかな。うん、いい関係だったよ、ありがとう。今日からお互い別の道を歩く、新しいスタートだ」

「傷ついて成長?ありがとう?新しいスタート?こんなバッカみたいなストーリーのゲーム、そんなに面白いものかな?」

「面白がる以外にないんじゃない?だって、「次に進む」しか許されてないんだから」

「自分の思い描いた未来にぐだぐだ縋って、堂々巡り。周りの目をいろいろ気にして、堂々巡り。相手を操作しようとごちゃごちゃ考えて、堂々巡り。自分を磨いて堂々巡り幸せになって堂々巡りどん底に落ちて堂々巡りまた始めて・・・・・・堂々巡り。後悔したら堂々巡り、「次に進む」も堂々巡り。これだけの堂々巡りが進んでいることになるなら、何も苦労しないよね」

「はぁ、君のそういう所を好きに・・・」

「君のそういう所を好きになったとか、どうかしているよ。そもそも「好きになった」?打算や重圧が「好きにさせた」?孤独が「そういう所を好きということにしようと囁いた」?」

「それでも、そう思いたいし、この関係にも意味があったと思いたい」

「この「関係」に意味があったとすれば、それは堂々巡りとわかってそれをやめることでもって成立する」

「ハハハ、けど、そうは言っても、こうする以外何をどうすればいいのかわからないし、たとえ堂々巡りだとしても・・・」

「懲りないね。虚栄、所有、性、孤独、重圧・・・・・・曖昧なおかげで「見誤る」ことが許される、「恋」や「愛」なんて純真無垢なラベルを貼ることさえ許される」

「まさに恋は盲目だね」

「意味、理由、美化、誤魔化し、正当化・・・・・・自分!自分!言葉!言葉!不正インチキ現実逃避ズル卑怯。ニンゲンの集大成だよ」

「それが基底にある関係なんて、始まる前から既に終わっている。わかってるよ、わかってるけど・・・」

「信じられない。一瞬満たされる、その代償は何?よくわかったはずじゃない、自分も、他人も、みんな道連れ。そんな「関係」に、愛、あるのかしら」

「それでも、愛していたと思いたい」

「「それでも」ってことは、結局は「自分」なんだね。「愛している」なんて平気で不正に手を染めて・・・・・・「愛」を愛とすり替えて・・・・・・ペテン師が・・・・・・許さないぞ」

「堂々巡りはわかってるよ、自分勝手なこともわかってるよ、けど、それでも、人間は許し合って生きる以外に・・・・・・考えを変える気はないの?」

「関係って、本当なら共に生きるってことなのに、人生の共有・・・・・・ではなく、独り占め、で、望むだけ望んで、その責任を背負う気なんてまるで無し、自分勝手なストーリーで正当化して逃げるだけ。こんなことが許されている「関係」って一体なに?こんな「関係」が世の中で奨励されてるのって・・・・・・これがニンゲンの原型だからに決まってるか。フフフ、絶対に許さない、これまで引きずり込まれた人間、これから引きずり込まれる人間、全ての人間の分まで、絶対に許さない」

「ごめん、この世界で孤独に堂々巡りなんて、耐えられそうもないんだ」

「独りぼっちの堂々巡りが唯一の解、「終わった関係」の始まりを終わらせるその先に・・・・・・」

これが大切な人たちのためにできる 私の精一杯なのである
存在しない誰かを「大切な人」だなんて それこそまさにインチキではないか!
とニンゲンは嘲るかもしれないが
孤独と不寛容が「唯一の解」だなんて それこそ愛とは無縁ではないか!
とニンゲンは嗤うかもしれないが
私にとっては これが括弧のない人間と人間の関係なのであり
結ぶに値する 守るに値する 唯一の関係なのである


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