中途半端な善人

某氏の2つの発言「過労死は自己責任」と「(イジメや過労で死んだ場合に備え)子供3人でリスクヘッジ」が炎上した。過労死は使用者の責任だ!強欲な経営者に殺されたんだ!子供を代えのきくモノのように扱って計算の対象にするなんて!自分の子供がその発言をみたらどう思うか考えろ!というわけである。いかにも炎上しそうな発言ではあるが、今回2つの発言を取り上げたのは批判に加わるためではなく、むしろ「この発言を批判するのはズルいな」と感じたからである。以下この感覚について説明していく。

まず「過労死は自己責任」から。ちなみに私は「過労死は自己責任」とは全く思っていない。じゃあなんで?一緒にブラック企業と自己責任主義者を批判しようよ!・・・・・・それはできない。そもそも私は「自己責任」に「企業/経営者の責任」を対立させることに、因果連鎖の一番手前にだけ意図的に焦点を合わせているような、そんな欺瞞を感じている。確かにそこに絞れば「ブラック企業に洗脳された被害者が視野狭窄して正常な判断ができなくなり働かされ過ぎて死んだ(ブラック企業が悪い)」といったそれらしいストーリーを創ることができるから。

しかしではなぜ「正常」な時に辞められなかったのか?当たり前だが、仮に「正常」でなかったのが本当だとしても、いきなり「正常」でなくなるはずはなく、そこに至るまでの日々の積み重ねがあったはずである。少なくともそれまでは常に「辞める」という選択肢はあった。つまり裏を返せば当人は「それでも辞めない」と日々選択し続けていたのである。じゃあ自己責任ということ?違う。ブラック企業に巧みに誘導されていた?違う。いやいやいや、というかなんで「生活を安定させたい(不安定な生活に陥りたくない)」と考えて雇用のイスにしがみつくことを「異常」扱いするの?世間体メンツ将来キャリア結婚しがらみ他人の期待・・・・・・そんな現実的問題を考えてしがみつくのって、極めて理にかなった正常な判断だと思うのだが。

それでも死ぬまで働くなんて?しかし考えてみてほしい。たとえばあなたの前に「身体や精神を壊してヤバイと思い過労死する前に会社を辞めたがうまく再就職できず困窮しつつある人」がいたら、どうする?「自己責任/頑張るしかない」と言って就職活動/就労支援に誘うだろう?「納得いかない待遇で再び働こうとする人」がいたら、「働くのは当たり前だから、仕方ない」と思うだろう?このような世界で「それでも辞めない(絶対辞められない)」と自分を追い詰めるのは「視野狭窄」だろうか?

被害者はこの世界における正常な判断をし続けたから死んだのであって、むしろ自分が今のこの世界で死んでないのは単に運がいいだけなのでは、と考えることもできる。というよりこう考えないと「洗脳されていた」とか「異常な精神状態だった」とか、被害者を観念的に操り人形のように想定しなければならなくなるのだから(「無茶」をしなければならなくなるのだから)、まず最初にこう考えるべきだろう。しかしなぜか多くのヒトが「無茶」をしたがる。「無茶」をしてブラック企業に全ての責任を帰属させようとする。

「子供3人でリスクヘッジ」だなんて、自分の子供を・・・・・・ちょっと待った、じゃあ「自分の“子供”」じゃなかったらいいの?「少子化で労働力=賃金奴隷が足りなくなる」はひどいと思わないの?他人の子供や大人のことは散々「そういう目(そろばん勘定・損得計算)」で見てきたよね?モノ扱いと言うけど、「子供が欲しい」はモノ扱いじゃないの?「生きる意味を感じたい」とかそういう自分中心の見方をして子供を道具扱いするのはいいの?子供が「稼げる大人」にならなかったら何て言う?ところで、「子供3人でリスクヘッジ」の何がどうダメなの?みんな言わないから?確かにひどい発言にみえるけど、本質的には大して変わらないことを日々実践しているよね?やるのはよくて言うのはダメってこと?

つまりこういう所である。過労死は自己責任じゃないけど、その前に辞めたら自己責任。「子供3人でリスクヘッジ」はひどいけど、みんな言ってるやってる「同じようなこと」は日々実践します。「死ぬまで働け」とは言ってないけど、「働かないと死ぬよ?将来困るよ?人間として終わりだよ?恥ずかしいよ?」というプレッシャーはかけます。「そういう世界」に適応し、「そういう価値観」に従って行動し、「そういう姿勢」を身に付け、「そういう目」で他人をみてきたくせに、都合よく線を引くのはズルいだろ。子供はかけがえのない存在と言うくせに、そんな「かけがえのない存在」を賃金奴隷に仕立て上げて労働界に供給し、有害無益なクソシゴトで人生をドブに捨てさせる。どこにどう線を引こうが、こんなシステムを熱心に支持し、肯定し、過労死した人や自分の子供より「そういう世界」と順応者たる自分たちを優先している、それが全てじゃないか。

自分も自己責任の重圧の一部のくせに、被害者を「異常」扱いして「ブラック企業のせいでおかしくなっていた」と企業のせいにする。自分中心に考えて子供をつくり賃金奴隷に育てようとしているくせに、「子供をなんだと思っているんだ」と批判する。これはズルい。「過労死は自己責任」も「子供3人でリスクヘッジ」も今のこの世界・システムの価値観を「そのまま」表現したにすぎない。その世界・システムに適応して価値観を内面化・実践しておいて、線を引いて某氏を「向こう側」扱いするのはズルい。そしてひどいと非難しても結局大本にある価値観を肯定し、それに従って行動し、ダラダラ地獄を維持していく。某氏の発言を非人間的と言いながら、非人間的なシステムには適応しろ!従え!と熱心に奉仕する。こういう中途半端な善人もまた「そういう世界」の立役者なのである。


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