いいじゃないですか、賃金を貰っているんだから

「うっ・・・・・・うっ・・・・・・もう働きたくない・・・・・・こんな仕事に一体何の意味が・・・・・・」

「これは大変だ!君、今すぐ“正しい社会人セラピー”を受けなさい」

「はあ、セラピー?」

・・・・・・

「ハイハイはじめまして、本日はどうされましたか?」

「ええ、自分が日々やっている仕事が本当に意味のあることなのかわからなくなってしまいまして」

「なるほど」

「仮に社会的に意味のあることだったとしても、そんな私の貢献分なんて機械やシステムの恩恵で成り立っているにすぎないわけで」

「なるほど」

「人々の積み重ねや知恵の上に成り立っているにすぎないわけで」

「なるほど」

「確かに人生の大半を仕事に充てている、残業もしている、努力している、重圧に耐えている、苦しんでいる、しかしそんなことでもってどうしてこの賃金が正当化・・・」

「そうです!いいじゃないですか、賃金を貰っているんだから」

「は?」

「論理が全く逆なんですよ、所謂“心理的倒錯”と呼ばれるものです。つまり、人生の本質は“何から賃金を導くか”という無限後退を結果するだけの不毛な形而上学的アポリアの陥穽にはまることではなく“賃金から何を導くか”という実践としての格闘なのであります」

「なに・・・・・・?なに?要するにより多くの賃金を確保できさえすれば後はどうでもいいということですか?」

「理解のきっかけを掴むためには、あえて極めて単純化した表現を選択することも必要かもしれません」

「じゃあボランティアとかどうなるんです?」

「賃金が発生しない、ただそういう“ランク”の活動というだけの話です」

「“ランク”って・・・・・・じゃあ低賃金の仕事はどうなりますか?規制や保護・・・・・・つまり私のような者のせいでそうなっているわけですよね」

「いいですか、何より大切なのは“賃金を貰っている”という事実、それによって生活が成立して自立しているという事実」

「だから日々やっていることが“生活のための賃金稼ぎ”にすぎないんじゃないか、“自立”が不正で成り立っているんじゃないか、ということで悩んでいるのですが」

「ならどうして今日も会社に来たのです?」

「そりゃ賃金を稼がないと生きていけませんからね、罪悪感があるとはいえ」

「つまりカネのためということですね?」

「まぁ、言ってしまえば」

「いけませんねぇ、あなたには“人や社会の役に立ちたい”という気持ちがないのですか?」

「へ?」

「働いて人や社会の役に立ちたい、これは“人間の本能”のはずですが?」

「いやいやいや、え?だから私は今ここにいるのでは?確かにカネや経歴や世間体のことを考えてイスにしがみついていますが、ただその貢献度がゼロ以上ならともかく、マイナスとしか思えなくなって苦しいから、ここにきた・・・」

「働いて人や社会の役に立ちたい気持ちがないから“職場”ではなく“ここ”にいるのでは?」

「ですからそういう気持ちがあっても実際にはマイナスになっていたらダメじゃないですか」

「“実際にはマイナスになっている”と感じながら日々働かれているわけですか?」

「さっきからそう言っています」

「証拠は?」

「え?」

「“実際にはマイナスになっている”証拠ですよ」

「証拠と言われましても・・・・・・」

「賃金」

「え?」

「あなたは“実際にはマイナスになっている”と悩んでらっしゃる、しかしそれを支持する確かな証拠をあなたは提示できない。対して、あなたは賃金を貰っている」

「ですからマイナスの行いで賃金を貰っているから・・・」

「それは所謂“認知の歪み”とか“自己中心思考”と呼ばれるものです。あなたの悩みは主観的な思い込みでしかないということですね。対して、賃金は絶対的な客観的事実です。いいですか、これから正しい社会人として社会に貢献し続けていくために、あなたは“自分”を中心とした思考を脱却し、“全体”すなわち賃金を中心とした思考に転換する必要がある。“賃金から何を導くか”という実践的な知とハタラキの領域に足を踏み入れ“賃金を貰っている”という自明な前提に根差すより現実的なパラダイムを構築し日々の仕事を高く広い視野から捉える能力を身に付け新たな地平を切り開く、これこそが今のあなたの課題であります」

「うぅ・・・・・・訳がわからない・・・・・・ハッ・・・・・・えっと、さっきは“カネのため”を非難していませんでしたか?」

「“賃金を貰っている”という事実が“人や社会の役に立ちたい”という気持ちを導出する、では“賃金を貰っている”という事実は“カネのため”という気持ちを導出しますか?」

「うぅ・・・・・・頭が痛い」

「つまり賃金を貰っていながら“実際にはマイナスになっているのでは?”という疑問を抱いたということは、あなたが本心から貢献したいと思っていなかったこと、嘘をつき続けてきたことを意味するのです。人間の本能をありのままに発揮して正しい社会人として成長し、“人や社会の役に立ちたい”という思いをきちんと育んできていれば、疑問の余地などどこにもないはずなのです、なぜなら賃金を貰っているんだから」

「頭が・・・・・・私が間違っていた・・・・・・?私の気持ちは嘘だった・・・・・・?」

「そうです、あなたの気持ちは倒錯的で間違っていました。気持ちに意味を与えるのはあなたではなく賃金なのですよ。さぁ、人間の心を取り戻すのです。“人や社会のため”という気持ちを育てなくてはいけません」

「私の気持ち・・・・・・全部嘘だった・・・・・・チンギン・・・・・・ホンモノ」

「賃金が賃金だから賃金以外も賃金したがって賃金と賃金で賃金すれば賃金が賃金を賃金する。意味わかりますか?」

「ハイ、トッテモ」

・・・・・・

「調子がよさそうだね」

「ボチボチですわ」

「いやぁ、実はボクも悩んでいた時にあのセラピーに救われたんだよ。君にも効果があって本当によかった」

「こうかは ばつぐんだ!」

「うんうん、まだ慣れないようだが、まぁ悩みから解放されてよかった」

「なやみ?あぁ、どうでもいいんじゃないですか?だって、賃金を貰っているんだから」

二人「あっはっは」


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