可能年齢
両親と一緒にハッピーバースデーを歌った翌日、Aは生まれてはじめて清々しい気分を経験していた。いよいよ“可能年齢”に到達したからである。申請書への記入はあらかじめ済ませておいたし、朝一で役所に提出すれば今日中に“許可証”が手に入るだろう。
20XX年、この国で安楽死が合法化された。表向きは“死ぬ権利の尊重”ということになっていたが、実際は“税金の無駄を減らす”ことと“人口を吸収するだけの雇用のイスを創れない”ことが導入の理由だった。つまり人類の到達点として安楽死が認められたわけではなく、既存のシステムと価値観への執着が“人減らし”を必要としただけである。しかしそんなことはもうどうでもいい。かつてのAも“自分から不正な世界に殺されにいく”ことに怒りと抵抗を感じていたが、どうせ何を言ってもやっても無駄でしかないのだ。昼休みにスマホで確認して申請が通ったとわかり、Aはグッとこぶしを握った。
自室に戻り、受け取った書類をパラパラ眺めた。遺書やお別れに関する注意事項、どうやら黙って出て行ってそのまま逝ってしまう人も多いらしく、それだと親や恋人や友人の人間性を否定し傷つけることになるとかならないとか。これまでのAなら「先に人間性を否定したのは誰だ!」と怒っただろうが、そんなことはもうどうでもいいのだ。「まぁしかたないね」と言って書類をポイとベッドに投げた。遺書も書かないしお別れもいらない、最後の言葉なんて「バカバカしい」以外にないのだから。
安楽死を導入して数年のうちは、その“動機”として仕事や人間関係のつらさ、空虚感が漠然と語られるだけであったが、安楽死者の日記・ブログ・SNSへの書き込みといった“資料”が蓄積され、今ではかなり明確化されている。もちろん例外や表現の違いは様々あるが、ほとんどの“動機”は至って単純でわかりやすいものであった。要するに「誰のためにもならない無意味な苦痛を何の目的もなく無意味に我慢し押し付け続けることに疲れた」というだけの話である。紙切れに飢えた惨めな生活、延々と続くシゴトママゴト、雇用(ママゴトの役割)を巡る争い、進歩すればするほど人生のハードルが上がるシステム、順応者同士のニンゲン関係や序列付け、自己利益に執着せざるをえないやるせなさ、収奪される空しさ、収奪する疚しさ、他人が沈んでいても関心は“自分の生き残り”だけ、そんな世界につくられる子供、繰り返される学校塾コミュニケーション、苦しむための準備、服従を肯定する都合のいい情報にコンテンツ、気晴らしの娯楽、クソに塗れた日常・・・・・・。
しかし、単純化された“動機”でさえ、順応者たちは理解しなかった。難解な理屈も概念もなく、ただ“そうなっている”ことを指摘して「もう嫌です」と言っただけなのに。順応者は理解(すなわち現状・自分たちの変化)を拒絶して(表向きは)批判的な態度をとり、“楽して儲けたがる風潮”やら“ブラック企業による搾取”やら“人間関係の希薄化”やらに原因を求め、「仕事の尊さを~」「普通に働けば普通に生活できる社会を~」「絆の回復を~」といった主張を大真面目に繰り返した。果てには「苦しくても頑張って生きる、それが人生!」「安楽死したら地獄おち」などと信仰・脅迫にすがり、“現状肯定”の姿勢を徹底して貫いたのである。
Aが2階の自室でボンヤリしていると、両親がリビングで話す声が聞こえた。将来のキャリアがどうとか、結婚がどうとか、“希望”に満ちた話し合いがでかい声で展開されている。自分たちが何を“望んでいる”かもわからない、地獄を支持している自覚さえない。地獄がどれだけ地獄になろうが、この世界は惰性で回り続けるし、こいつらも惰性で回り続ける。誰かが笑えば誰かが泣くシステムも、生存の不安に苛まれる孤独も、ママゴトし続けるだけの人生も、そんな世界に子供をつくることも、被害者ヅラして加担することも、全部“しかたない”んだよな?
Aはタタタと階段を降りてリビングに入り、口を開きかけた両親の前にポンと書類を投げると、さっさと自室に戻った。誰のせいだとか、何が悪いとか、私の育て方とか、楽しそうだったのになぜとか、あの子の心がわからないとか、本当にどうしようもない。“せい”“私の”なんて言葉を自明に使っていることに改めてゾッとしたし、“育て方”“楽しそうだった”“あの子の心”なんて言葉が意味を持っていることが改めて滑稽だった。そしてなにより、何が悪いかわからないことが心底憐れだった。パニックに陥った二人がドタドタ階段を上がってくる音が聞こえる。
「バカは死ななきゃ治らない、他人が死んでも変わらない」
Aはクックと笑った。

20XX年、この国で安楽死が合法化された。表向きは“死ぬ権利の尊重”ということになっていたが、実際は“税金の無駄を減らす”ことと“人口を吸収するだけの雇用のイスを創れない”ことが導入の理由だった。つまり人類の到達点として安楽死が認められたわけではなく、既存のシステムと価値観への執着が“人減らし”を必要としただけである。しかしそんなことはもうどうでもいい。かつてのAも“自分から不正な世界に殺されにいく”ことに怒りと抵抗を感じていたが、どうせ何を言ってもやっても無駄でしかないのだ。昼休みにスマホで確認して申請が通ったとわかり、Aはグッとこぶしを握った。
自室に戻り、受け取った書類をパラパラ眺めた。遺書やお別れに関する注意事項、どうやら黙って出て行ってそのまま逝ってしまう人も多いらしく、それだと親や恋人や友人の人間性を否定し傷つけることになるとかならないとか。これまでのAなら「先に人間性を否定したのは誰だ!」と怒っただろうが、そんなことはもうどうでもいいのだ。「まぁしかたないね」と言って書類をポイとベッドに投げた。遺書も書かないしお別れもいらない、最後の言葉なんて「バカバカしい」以外にないのだから。
安楽死を導入して数年のうちは、その“動機”として仕事や人間関係のつらさ、空虚感が漠然と語られるだけであったが、安楽死者の日記・ブログ・SNSへの書き込みといった“資料”が蓄積され、今ではかなり明確化されている。もちろん例外や表現の違いは様々あるが、ほとんどの“動機”は至って単純でわかりやすいものであった。要するに「誰のためにもならない無意味な苦痛を何の目的もなく無意味に我慢し押し付け続けることに疲れた」というだけの話である。紙切れに飢えた惨めな生活、延々と続くシゴトママゴト、雇用(ママゴトの役割)を巡る争い、進歩すればするほど人生のハードルが上がるシステム、順応者同士のニンゲン関係や序列付け、自己利益に執着せざるをえないやるせなさ、収奪される空しさ、収奪する疚しさ、他人が沈んでいても関心は“自分の生き残り”だけ、そんな世界につくられる子供、繰り返される学校塾コミュニケーション、苦しむための準備、服従を肯定する都合のいい情報にコンテンツ、気晴らしの娯楽、クソに塗れた日常・・・・・・。
しかし、単純化された“動機”でさえ、順応者たちは理解しなかった。難解な理屈も概念もなく、ただ“そうなっている”ことを指摘して「もう嫌です」と言っただけなのに。順応者は理解(すなわち現状・自分たちの変化)を拒絶して(表向きは)批判的な態度をとり、“楽して儲けたがる風潮”やら“ブラック企業による搾取”やら“人間関係の希薄化”やらに原因を求め、「仕事の尊さを~」「普通に働けば普通に生活できる社会を~」「絆の回復を~」といった主張を大真面目に繰り返した。果てには「苦しくても頑張って生きる、それが人生!」「安楽死したら地獄おち」などと信仰・脅迫にすがり、“現状肯定”の姿勢を徹底して貫いたのである。
Aが2階の自室でボンヤリしていると、両親がリビングで話す声が聞こえた。将来のキャリアがどうとか、結婚がどうとか、“希望”に満ちた話し合いがでかい声で展開されている。自分たちが何を“望んでいる”かもわからない、地獄を支持している自覚さえない。地獄がどれだけ地獄になろうが、この世界は惰性で回り続けるし、こいつらも惰性で回り続ける。誰かが笑えば誰かが泣くシステムも、生存の不安に苛まれる孤独も、ママゴトし続けるだけの人生も、そんな世界に子供をつくることも、被害者ヅラして加担することも、全部“しかたない”んだよな?
Aはタタタと階段を降りてリビングに入り、口を開きかけた両親の前にポンと書類を投げると、さっさと自室に戻った。誰のせいだとか、何が悪いとか、私の育て方とか、楽しそうだったのになぜとか、あの子の心がわからないとか、本当にどうしようもない。“せい”“私の”なんて言葉を自明に使っていることに改めてゾッとしたし、“育て方”“楽しそうだった”“あの子の心”なんて言葉が意味を持っていることが改めて滑稽だった。そしてなにより、何が悪いかわからないことが心底憐れだった。パニックに陥った二人がドタドタ階段を上がってくる音が聞こえる。
「バカは死ななきゃ治らない、他人が死んでも変わらない」
Aはクックと笑った。
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