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生きていてもやりたいことがない問題

 生きていてもやりたいことがないなら、やりたいことを探す意欲もないなら、死んだ方がいいと思う。そのために安楽死を用意した方がいいと思う。いきなり何を言い出すのか?これはもちろん「人はやりたいことをやって人生を充実させなければならない!」ということではない。やりたいことがないと、やりたいことをやるための健康・環境・生活という風に、満足の最低ラインが定まらないのである。

 結局腹が決まらないから、あれもこれもとダラダラ生きる。一体どこまで健康になればいいのか?どこまで“快適に”なればいいのか?どこまで生きればいいのか?ゴミのような健康商品に有限の資源が費やされ、健康食品のために環境や生物が犠牲になり、思いつきの“快適”のためにエネルギーや人力が投入される。医療、美容、健康、介護・・・・・・無数の犠牲の上に絞り出した人生で、ボンヤリとスマホを眺め、子供みたいな不満を並べ、エアコンつけっぱなしでテレビをみながら寝落ちする。新品未使用の“尊い命”を持て余したまま、ダラダラダラダラ死ぬまで生きる。

 人生を真剣にやる気が無いから、クソな生活の原因を全て“外”に求める。「汚い政治家が搾取する」「冷酷な官僚が庶民を蔑ろにする」「竹中平蔵が悪い」「闇の政府に支配される」・・・・・・コトバがどうあれ、どれも“何の意味も無い”という点では同じである。その先には何も無い、何の問題解決も無い。たまに都合のいいニュースがあって、“やった感”で盛り上がるだけで、クソな生活は何も変わらない。ダラダラダラダラ同じ繰り返し、カネ儲けだ支配だ“ヒトの意図”でクソを説明する物語に没入し、いつまでたっても脳のクセの通りにグルグル回る。やりたいことがないから、自由時間を大切にできず、したがって自分たちを直視する意欲も持てない。

 仕事は社会・他人の必要を満たすためにすること。技術の力で人の仕事を減らせる、より効率的に必要を満たせるようになる、自由時間・選択肢を増やせる。ちくしょう!!ある程度の人にやりたいことがあったら、もうとっくに終わってんだろ。「働かざる者食うべからず」「カネは労働で生じる貴重品」「カネを稼げる有能が無能・社会を支えている」「労働は人間の尊厳」・・・・・・せっかくの生産力・知識・インフラの蓄積をフイにし、勤労道徳を優先する。資源・環境を破壊し、データの世界のカネ勘定を優先する。機械や自然の貢献を無視し、ニンゲンシャカイのお話に没入する。

「働かせてください!」「仕事が無い!経済が回らない!」「正社員として働かせていただいておりますっ!」・・・・・・お賃金・雇用の奪い合いになっても、自分たち(のアタマ)を直視しない。注意力・時間の奪い合いになっても、自分たちが日々励むおビジネスの害悪を直視しない。自分たちの“正しさ”や“善”の結果が目の前の無駄地獄であることを直視するより、ヒトのアタマでしか通用しないお話で納得する方を選ぶ。自分たちの“善”を信じて疑わない、自分たちが善であると信じて疑わない、実際に何をやっているかどうなっているか見ようとしない、そして今日もノコノコ維持した地獄の中で、同じカタチの滑稽なお話がリメイクされ、善良な市民のアタマをイキイキと駆け巡る。

 就活はよく恋愛に例えられるが、“頑張らないといけない側”が不利という構図に焦点を当てることはない。これは恋愛に限らず、そもそも人間関係は選ぶ側・拒否できる側が有利で、お願いする側に主導権はなく、相手の要求を聞いて従わなければならない。こんなことは普通に生きていれば誰でも学ぶはずなのに、なぜか“やるべき”賃労働の話になると、「世間が介護は低賃金でいいと考えるから賃金が上がらない」といった奇怪な理論が創出されたり、「労働者の保護が必要!」と期待できない“対策”に縋ったり、無様な人生の無駄が繰り返される。「働かせてください」と頭を下げないといけない、その時点で負けである。

「自由になりたい!」と言いながら、不自由な価値観・世界観に(洗脳ではなく脳のツクリに従って)進んで没入し、互いに互いを引きずり込み合い、自由時間を捨てさせる。「幸せになりたい!」と言いながら、苦しみを増やすシステムを(結果的に)肯定する。結局、生きていてもやりたいことがないから、真面目に自分たちを直視できず、ジリ貧のドツボにハマって抜け出せない。人生の無駄から抜け出す意欲が持てない。やりたいことがないから、健康や生活の腹が決まらず、「老後資金が~」「添加物が~」「尊い命が~」と余計な問題(人生の無駄)を増やす方にハマっていく。

 スピリチュアルなヒトが「〇〇は光と闇の闘い!トランプ大統領が全てを救ってくれる!」とか言ってるのを見ると、非常にゲンナリする。何言ってるの?ということではなく、まさに現代人の成れの果てだと思うからである。善だの悪だのアタマのセカイに引きこもり、未来や現実より後追いの説明や泥沼の物語を優先し、見当違いの被害者意識、神頼み以下の他力本願、当事者意識の欠落、自分たちの“善”がもたらしているろくでもない結果なんて見ようともしない。覚醒?ナンタラ力アップ?健康?その先に何がある?最善の結果が“何も無い”であるような、ただの穴掘り。で、そのために何が費やされている?クソったれが。

 ありもしない“幸せ”で駆り立てて、勝手な“期待”で動き回って、つまらない日々を凌ぎ、繁殖。ただそれだけ。働いて生活費を稼ぎ、サラリーマン赤ちゃんを正社員に育成して自立させる。ただそれだけ。生きていてもやりたいことがなく、やりたいことを探す意欲もなく、使い道のない“尊い命”を持て余し、中途半端で歪な自我に振り回され、マヤカシのお話で脳を刺激し、せっせと“善行”を積んで悪と負を増やし、腹を決めて満たされることもなく、ゴミを垂れ流す繰り返し。物語のコトバは空虚で何の意味も無い、ただイデオロギーへの忠誠を(無自覚に)表明し、お仲間同士・敵同士(意識することなく)信号を送り合って興奮し、畜生のように“そうしてしまう”重圧と状況の絶え間ない再現に加担する。地獄が続いても責任を感じることはない。何の見込みもない。でも「苦しくても死ぬのだけは絶対ダメ!」で、安楽死する気概なんてあるはずないから、それは私が利用する。


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