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中流許可証

 昔はもっと体型を誇示する服を着ていた。不意に思い出し、パラパラ読んでいた本を棚に戻した。着れればなんでもいい、そんな格好で電車に乗って立ち寄った図書館。美容、頭身、執着心、3キロ太ったら着れなくなるような、脆弱な誇り。サプリメントはビタミンC。今はもうパジャマで出歩き、髪をセットするどころか寝癖を直しもせず、そもそも鏡を見ること自体ほとんどなくなった。美白、股下、脚長効果、好きなブランドはどこだっけ?今の頭の中はラーメンでいっぱいだ。

 イケメン、カワイイ、五里霧中、私は何のために頑張っていたのだろう?別にモテたかったわけでもない、たくさん褒められたかったわけでもない。でも大げさな挨拶をして、カラオケに行った。大して好きなことじゃなくても、誘われないのはやっぱり悲しいので。ワハハハと笑って、酒を飲んだ。疲れてしまうことでも、そこにいないのはやっぱり悲しいので。頂点を目指して他人を蹴落とす野心もなく、大切な君を守りたい情熱もなく、かといって一人で底に沈む度胸もない、凡庸な精神が私だった。

 そんな凡庸な私は、要するに凡庸なりの安定を求めていた。みんなに称賛されて常に中心にいるのでもなく、疎外されて隅っこで縮こまっているのでもなく。頂点に立つこともなく、底辺に落ちることもなく。それなりの所で常に安定していたかった。中学から高校へ入った時のようなあの不安定さが、嫌だった。ただただめんどくさかった。高校から大学へ、デビューなんて前のめりな気持ちはなくなっていた。でもまだ期待していた。大学から会社へ、うんざりして競争を途中で降りてしまった。

 容姿、偏差値、付き合った人数・・・・・・安定のためのラインがわからなくて途方に暮れていた。褒められることもなければ貶されることもなく、触れることもなければ触れられることもない、でもそれじゃ寂しいから、たまにイイね!と言ってもらえる、そんな限りなく無色透明に近い存在に、これからどんな組織や集団に所属しても自動的に収まれるような、中流許可証を求めていた。一体いつまで続ければいいのか?あと何回やればいいのか?次はうまくいくだろうか?うまくやれるだろうか?受け入れてもらえるだろうか?そんな憂鬱や不安から解放されたかった。

 睡眠不足のように浮いた意識を留めることができず、目の前から弾き飛ばされ、耳鳴りの渦の中に溶けていく。そんな身を委ねる選択の機会はいくつかあったが、結局ハッと戻ってしまうのだった。誰からも好かれないのは悲しいが、好かれたら好かれたでめんどくさい。誰にも頼られないのは悲しいが、頼られたら頼られたでめんどくさい。秘密を教えてもらえないのは悲しいが、教えられたら教えられたでどうでもいい。寂寥と恥に満ちた不安定を頑張って乗り越えた先への期待がなくなっていった。中流許可証を求めた、そんなものなかった。だから全部やめた、心身が動かないからやめるしかなかった。特に何もなかった。経歴は潰えた、人間関係はなくなった、スマホは不要になった。特に何もなかった。そこには現代社会における安定の到達点があった。


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